29:そんな会話もありました
主人公の話術っていうのかな、あれ、なんだか怖いな。
なんて意地悪く思ったりする。
気持ちが弱ってちょっと無防備な感じのとき、不意にああいう言い方されたら、気にせずにはいられないよ。「自分を心配している人が寂しそうにしてる」なんて。
でもおかげで少し、頭が冷えた。
蘇芳と紫苑が私のあとをつけてくるほど心配してるって、私は気付いてなかった。言われてみればそりゃ、あの二人ならやりそうってなぜか納得するけど。言われなければ、そのままずっと心配させていただろう。
自分のことで頭がいっぱいになりすぎてた。
黒田が私の家を襲ったとき、一人で無茶した私を心配したみんなの体は震えていた。そのことが思い出されてしまって、なんだかとても反省したい気分になる。
そんな殊勝な気持ちで、私は二人に連絡を取って合流した。
しかし、どうも思っていたのと違った。
「いいのかな、俺らが一緒にいても」
「無理しなくていいんだよ、姉さん。一人になりたいときくらい、素直に言ってくれても」
言い方は、優しい。しかし、二人とも何かに怒っている。蘇芳と紫苑に同時にこんなピリピリした空気を出されたことがあまりなくて、私は対処に困った。
寂しそうにしてるって話、どこいった。
広場で合流しようとしたら静かなほうがいいと言われ、私はもう一度ベンチに座っている。両側には、紫苑と蘇芳がそれぞれ座った。
私が挟まれるかたちになっているわけだけど、二人とも私とは違うほうに視線を向けていて、すごくよそよそしい。
しばらく居心地の悪い沈黙が続いたあとに、私から口を開いた。
「さっきのことなんだけど……」
なんて説明すればいいんだろう。
切り出したものの、言葉に詰まる。
あと、両隣の二人の視線がそれぞれ別方向を向いているので、私はどこを見ながら話せばいいのかも迷う。
話を続けられないでいたら、蘇芳が小さく息を吐きだして言った。
「言いたくなければ、無理に言わなくていいよ。何がなんでも事情を聞き出せば満足とか、そんなわけないし」
「そ、そうだよね」
二人のために詳細を説明するね、みたいなかたちは違うよね……。
「……嫌な言い方した、ごめん」
言葉に迷っていたら、そう言って蘇芳がこちらを向く。
「なんていうか、俺は――」
「俺らは、だろ。あんたの言おうとしてること、知らないけど、たぶん」
相変わらずこっちを見ないまま、紫苑が言う。
愛想はないけど、声に含まれる怒りは収まってきていた。
蘇芳はそんな紫苑の反応に小さく肩をすくめてから、続けた。
「黒田さんのときは、吉乃ちゃんにばっかり負担をかけて、力になれなかっただろ」
「そんなことない!」
あれは、みんながいたから何とかなった出来事だった。
事前の対策に関しては、私の努力が大きいのは事実。でもそれは「起こることを知っていたから」できたことであって、普通は無理だ。
「俺の兄と何かあったみたいだから気になるんじゃない。ただ、誰が相手でも、相手がわかってなくても、吉乃ちゃんが何か問題を抱えるなら――」
真剣な表情の蘇芳と、視線が合う。
「もう一人で悩ませたくないんだ」
「あんた、ちょっとかっこつけすぎじゃない?」
紫苑が拗ねたように茶化した。
「へえ、かっこよかった? 今の」
蘇芳は余裕の態度で返す。
いつもの憎まれ口のやりとりに、小さく笑ってしまった。
蘇芳と紫苑も、ちょっと笑った。
「吉乃ちゃんが今は一人で悩みたいってことなら、邪魔したくはないんだ。でも、何かあったら俺が――じゃなかった、俺らが」
わざとらしく言葉を切った蘇芳が紫苑を見る。
彼はようやくこちらを向いていたけど、私と蘇芳に見られると、眉をひそめてまたそっぽを向いてしまった。
「俺らが力になりたいって待機してるの、忘れないで」
「……うん」
私が頷くと、蘇芳は気負っていたものがなくなるように力を抜いた。
二人から感じていた怒りは、どこかに消えている。
「ありがとう」
事情も何も二人には話してないのに、勇気が出てきた。
どうせ受け入れるしかない玄斗からの申し出だけど、どんな気分で受けるかは大事かも。
三人でしばらく黙ったまま、公園の風景を眺めて過ごす。
ふと、広場のほうが妙なざわめき方をしていて、そしてそれが落ち着いてきたのに気付いた。
小説にあった事件が起きて、さくら達によって解決されたのかな。
玄斗の言うゲームだか遊びだかにも、さくら達が偶然居合わせてくれるみたいなこと、ありえないかなあ。それっぽい事件、なかったっけ。
そんなことを考えたとき、私は突然ある可能性に思いついた。
「蘇芳くん。私が好きそうな場所って言われて、どこを思いつく?」
「えっ、急に言われても難しい」
「いいから。何か一つ」
「しかも一つだけ? この前の夕食のときに話に出た、新しい駅前のカフェとか」
「行きたいところじゃなくて、好きそうなところ。かつ遠出して行くような場所で」
「前に話してた、お城っぽいホテルのことじゃないの」
横から話を聞いていた紫苑が答えた。それを聞いて、蘇芳も頷く。
「ああ。古城ホテルってやつだね」
私が好きそうな場所っていうのは誤解だ。でも古城ホテルの話題を前に出したとき、ちゃんとそれを訂正していなかった。しかも、蘇芳には知り合いに経営者がいないかみたいな聞き方をした。
もしかしたら――。
「その古城ホテルのこと、玄斗さんに言わなかった?」
「そういえば、言ったな……。知り合いに経営している人はいないか、聞いたんだ。だいぶ前に一度だけだけど」
「玄斗さんの連絡先、教えて!」
突然の私の勢いに蘇芳は怯んだけど、すぐに真剣な表情で私を見返してくる。
「二人の間で何を話しているのか、いつか教えてくれる? 今じゃなくて、いいから」
「……来年の春までには、話したいと思う」
黒田を操って私達を襲わせた『先生』の正体が、彼の兄であること。
今後同じことをしないための、取引きをしようとしていること。
今はまだ、ちゃんと説明できそうにない。
でもずっと黙っていることはできないと思う。ならば、ことが起きる前までにそれを告げて、そしてできれば一緒に立ち向かってもらえたら……。
私の予想が正しければ、玄斗の遊びというのは来年の春を過ぎたころになる。
具体的な時期を出されて、蘇芳は驚いたのか目を見開いた。そして黙って頷くと、自分のスマートフォンを弄りはじめる。
それを見ていたら、隣から腕を掴まれた。
「俺にも、教えてくれる?」
紫苑が不安そうに聞いてくる。力が入りすぎて、掴まれた部分が痛かった。
「ちゃんと言うよ」
約束すると、ほっとしたように手を離される。
蘇芳から玄斗の連絡先をもらうと、私は、スマートフォンから短いメッセージを送った。
『私が気に入りそうな舞台ってどこですか?』
彼は遊びの舞台を、「私の好きそうな場所」と言った。予想が当たっていれば、それは……。
どきどきしながら返事を待つ。
それはすぐにやってきた。
『古城ホテルに興味があるって、前に蘇芳に聞いたんだ。知り合いが来年オープンさせるから、ぜひ君に遊びに来てほしい。それだけでいいよ』
――確定だ。『迷いの城殺人事件』は、裏で『黒幕』が一枚噛んでいた。
メッセージを送った時点で予想はしていたことだから、思ったより冷静にその事実を受け止める。
「ホテルに遊びに来るだけでいい」なんてよく言えたものだよね!
知ってるんだよ。そのホテルでは殺人事件が起きる予定なのを。
彼は、死ぬか生きるかのゲームを仕掛けてきているのではと感じた。自分の目的の邪魔になるなら無関係な者さえ殺すような殺人鬼のいるホテルで、無事に生き延びられたらきっと私の勝ちだ。
ある意味、これはチャンスでもある。どうしても玄斗と戦わなければならないとしたら、これほどの舞台はない。
だって、これから起こる事件のことを私が知っているなんて、彼には予想もつかないはず。
私は『迷いの城殺人事件』の登場人物として、生き延びて、初っ端から彼のシナリオを崩す。
なんだったら、こっちだってアクロバティック推理をでっちあげ、犯人もすぐに当ててやるから!
『あなたの遊び、乗ります。あなたが黒幕だって気付いた理由は、そのときに教えます』
一度深呼吸をしてから、彼にメッセージを送る。
『ありがとう! 取り引き成立だ。じゃあ、それまでは誰かを操るのもやめにしておいてあげるよ。受験、頑張ってね』
最後の一文と、その前の落差が激しすぎる……。
だがとにかく、来年の春ごろまでは安全であると確約がもらえたようだ。
この世界に神様がいるのなら、心の平穏が欲しいとか考えたりした。でも私に、期限付きだけど心の平穏を約束してくれるのは、『黒幕』の彼だったらしい。
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