28:選択肢はない

「ずるい……ですかね」


 探るように聞き返す。彼の言い方だと、私への条件が増えそうな予感がする。

 下手な返事の仕方はできない。


「うん。君のお願いを聞く代わりに、こちらの希望も聞いてもらわないと」

「何のことを言ってるんだ?」


 聞き返したのは私じゃなかった。

 はっとして顔を向けると、いつの間に席を立ったのか、蘇芳が近くにやってきていた。


「お願いとかなんとか聞こえたけど。吉乃ちゃんと話したいって、なんだったわけ。彼女に失礼なことを言ってたら怒る」


 蘇芳は、怪訝な顔をして玄斗を見ている。

 対する玄斗は、一瞬、あの存在感の薄い笑顔に戻りかけた。だけど何か思うところがあったのか、ちょっとだけ考えてから戻すのをやめたようだった。


「ゲームをしようって話だよ」


 「ゲーム?」と蘇芳がオウム返しに聞き返す。

 私も心の中で繰り返した。……ゲーム?


「俺の遊びに付き合ってくれたら、彼女の希望もかなうだろうってこと」


 後半は私に向かって玄斗は言った。

 それってつまり、私が彼の正体に気付いた理由にプラスして、彼とのゲームだか遊びに付き合ったら、これから犯罪者を生み出す行為をしないって取引ということ?

 『きらめき三人組』シリーズの複数の事件に裏から関わるような人物とのゲーム。

 そんなの、私に勝てる可能性ある?

 だけど玄斗は、またあのどこか憎めない顔つきをしてこちらを見ている。敵意なんてありません、みたいな顔。

 それを見ていると、試してみるくらいいいのかな、万が一にも可能性があるのなら、なんて気分になったりして――。


 いやいや、冷静になれ。

 どう考えても一作目即退場被害者キャラの私が、受けて立てるものには思えない。

 斜め上の誤解でアクロバティック推理するような人には、さくらとか――主人公みたいなポテンシャルを持った人物じゃないと太刀打ちできないよ、たぶん。


「ゲーム? 遊び? 意味がわからない」

「俺の用意した舞台で、彼女なりの結末を見せて欲しいなと思ってさ。そうしたら、さっきの話も受けよう」

「話が見えないんだけど」

「舞台と言えば、吉乃ちゃんが好きそうな場所の心当たりがあるんだよね。きっと気に入るんじゃないかな」


 私の好きそうな場所? ……どこ?


「あのさ、さっきから何の話をしてんの」

「はは、俺と彼女との話だよ。お前は関係ない」


 なんてことないようにさらりと言われて、蘇芳の顔色が変わる。


「何? 揉めてんの?」


 緊張感なく割り込んできたのは紫苑だった。彼も席を立ってこちらに来たらしい。明るい調子を装っているけど、その目は油断なく玄斗を見ていた。

 玄斗は小さくため息をつくと、伝票を持って立ち上がる。


「返事は少しだけ待ってあげる。でも断ったら、また今回みたいなことが起きるかも」


 蘇芳と紫苑は無視するかたちで、私にそう笑いかけてから、彼は去っていった。

 追いかけることもできたけど立ち上がれなかった。

 めちゃくちゃ大それたことをしちゃった気がして、そんな気力が湧いてこなかったのだ。


「ごめん、何か嫌なこと言われた? てかあの人、何を言った?」

「ほんとに揉めてたのかよ」

「大したことじゃないんだ」


 できるだけ平気そうな顔を作ったつもりだけど、絶対に誤魔化せてないな。

 今は聞かないでくれってオーラをできるだけ出して、私はその話題を終了にする。

 とにかく、これからのことを考えないと。

 だから一人になりたかった。




 喫茶店を出たところで、ものすごく雑で適当な言い訳をして二人と別れることにした。どうみても何かありましたって感じだけど、玄斗とのやりとりが思っていた以上に疲れて、気を回す余裕が残ってなかった。

 とりあえず近くの百貨店に入ってうろつくけど、考えごとをするのに全然向いてない。

 少し歩けば大きな公園があることを思い出したので、店を出てそちらに足を向けてみる。


 公園では、広場にたくさんのテントが出ていた。何かイベントがあっているようだ。ちらりと見える客達や看板の感じからして、食べ物の屋台がたくさん集まるものらしい。

 カップル、友人、家族連れ……どう見てもひとりで参加するのは厳しそうなので、私は広場から離れた。

 噴水を囲んで花壇が広がる見晴しのいい場所に、空いているベンチを見つけ、腰を下ろす。

 広場と違って、このあたりは静かだ。散歩している人達はそれなりにいるけど、みんなのんびりと休日の平和なひとときを楽しんでいる。

 だんだんと桜が咲き始めている季節だけど、ここの木々はまだつぼみのようだった。


 玄斗からの申し出。舞台がどうこうって言ってたけど、彼は私に犯罪を起こさせようとでもしているだろうか。

 あんな危なそうな人の言葉に乗るなんて、絶対にやめたほうがいい。

 でも、断るって選択肢は潰されている。

 だって断ったらまた同じこと――誰かが私の家を狙うようなことが起きるってことだ。そんなの、出せる答えは一つしかないじゃない。私の弱点はすっかり見透かされている。


 もうあとは、覚悟を決めるしかないのだ。

 でも簡単には割り切れなくて、うじうじ考えてしまう。


 玄斗の言う通り、欲張ったのがよくなかったのか。

 小説内の大きな出来事を一つ回避して、ちょっと調子に乗っていたかもしれない。

 でもあの瞬間は、彼を止められるのならそのほうがいいって強く思ってしまった。

 めちゃくちゃ大きなため息をついたときだった。


「吉乃ちゃん!」

「さ、さくらちゃん……」


 ここでさくらに会うのか。

 もうちょっと早く会いたかった。遭遇するなら、あの喫茶店でお願いしたかった!


「すごく久しぶり!」

「うん。今日はさくらちゃんは……」


 周りを見回すが、他に連れらしき人物はいない。

 さくらは広場のほうを見ながら答えた。


「ゆりとつばきと来たの。二人はあっちにいるよ。吉乃ちゃんらしき人を見かけたから、こっちに来てみたの。正解だったね!」


 幼馴染二人と一緒に、公園で行われているイベントに来たんだ。組み合わせからして、何も起こらない気がしない。

 というかうっすらそれらしき小説の記憶が蘇ってきたけど、私は考えるのをやめた。今は、関わる余裕はない。


「怪我したって聞いたけど、大丈夫なの? 大変だったよね」


 従妹である彼女は当然、黒田の一件は知っている。

 そのことについて当たり障りのないやりとりを少ししたあと、私は広場のほうに視線をやった。


「ゆりちゃんとつばきくんを待たせてるんじゃない?」


 悪いけど、今は一人になりたい。

 世間話はこれで終わりにして戻ってほしい。

 それに彼女に会うのは、去年の夏前に、両親が死ぬ事件の手がかりが欲しくて会いに行ったとき以来だった。私が彼女に「無神経だよね」ってはっきり言ってしまったとき。

 あのあと何度か話をしたいって連絡をもらったのだけど、忙しいとか理由をつけて断っていた。なので、正直ちょっと気まずい。

 でもさくらは、すぐには動かなかった。


「あのね、吉乃ちゃん……」


 そう言いかけて、迷うようにさくらは口ごもった。

 しかも「その」とか「あの」とか何度も言いかけてやめる。


「なに?」


 イラついた声を出してしまって、さくらはさらに慌てた。


「あ、あのね、蘇芳くんと紫苑くんも広場にいたよ。どうして吉乃ちゃんと一緒にいないのか知らないけど……偶然じゃないよね」


 そんなところで推理力を発揮しなくても。

 きっとさくらの言う通り、偶然ではないだろう。あの二人なら、様子のおかしな私を放っておけず、そっと後をついてきてたって驚かない。


「あの二人、吉乃ちゃんを心配してる感じがして……。もし何かあるんなら、吉乃ちゃん、あの二人を頼ってあげるのもいいんじゃないかな」

「なんでそんなこと言えるわけ」


 どうも厳しい口調になってしまう。

 早く去ってほしい。前みたいに、また涙目にさせるようなことを言ってしまうかもしれない。


「だって、頼られないのって寂しいよ、きっと」

「寂しい?」

「そんな感じがしたんだ。あの二人」


 寂しい……紫苑と蘇芳が?


「ごめん、また無神経なこと言ったかも!」


 さくらは「これ以上喋ると、余計なこと言っちゃいそうだから、へへ」って苦笑して、広場のほうへ戻っていった。

 残された私は、ぽかんとしてそれを見送る。

 今のは、さくらなりに気を遣った……のかな。私が前に言った言葉を気にして。

 正直、余計なことはすでに言われちゃってるよって思うし、苛立ちも感じる。

 でも少し、ぐさっと来た事実もあった。

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