23:戸締りは忘れずに
その後、私は家の戸締りに異様に厳しくなった。特に夕飯どき。
食事を始める前には必ず家中をチェックする。問題の日はまだ遠いが、今のうちから習慣化しておく。
未来に向けた行動を始めると同時に、責任を感じた紫苑が危うく本を全て捨てようとしたのを全力で止めたり、その問題をうやむやにするのに、なぜか夏祭りにゆかりも交えて一緒に遊びに行ったり、蘇芳がそこにしれっと参加してきて、そうして気付けば案外、家族や友人との日常生活が過ごせていたりしていて……不安を抱えつつも日々は過ぎていく。
さらに事件についての描写を思い出せないか頑張ったりもしたけど、これはうまくいかなかった。シリーズ作品の複数にまたがって、メインのストーリーのついでのように語られていた事件だ。思い出すにはきっかけとなる物事と触れなくちゃいけないんだけど、その物事というのが検討がつかない。
試しに『迷いの城殺人事件』関連から何か引きだせないかと、蘇芳に訊ねたこともあった。紫苑と三人で喋っているとき、ふと思いついて聞いてみたのだ。
「ねえ、蘇芳くんの親戚か知り合いに古城ホテルを経営しようとしてる人っている?」
「古城……?」
「ヨーロッパのお城を模した建物のホテル」
蘇芳はしばらく考えたあと、「いないな」と答えた。
そうか。ホテルプレオープンの招待状は婚約者づてにもらうもののはずだけど、あまり近しい関係の人間じゃないのかもしれない。
「古城ホテルに興味あるの? 遊びに行きたいなら、どこかいいところがないか調べてみようか?」
「いえ、いいです! まったく興味ないから!」
食い気味に否定したら、照れ隠しととられたらしい。苦笑して「別に泊まらなくても、レストランで食事とかできるよ」とか言われる。
違う! むしろ私にとっては殺される場所のイメージだし、近づきたくないところナンバーワンだよ!
「へえ。それなら俺も行きたい。姉さんを誘うときは、俺も一緒に誘ってよ」
「紫苑くん、古城ホテルになんか興味あったんだ?」
「今、興味湧いた」
将来、ホテルへの招待状を断りたい身としては、逆効果だったかもしれない。事件についても、何も新しい情報を得られずに終わってしまった出来事だった。
制服が冬服に変わり、通学時にコートを着るようになってからは、常に緊張感がつきまとうようになった。
ゴールデンウィークから半年以上たっても、週に一回の五人での夕飯は続いている。
盛り上がるとは言えないけど、半年前に比べると会話のラリーが続くようになってきたと思う。
年が明けてからは、いっそう私は警戒心を強めた。
母や家政婦の黒田にも協力してもらい、戸締りの二重チェックを行う。駄々をこねまくって、防犯カメラも設置してもらった。変な人が家の様子を窺っていないか、こまめにチェックする。
黒田は、不審人物に対する私の異様な警戒心に引かないでいてくれて、むしろ協力的でいてくれた。女性である彼女は犯人にはなりえない。頼れるのはとてもありがたい。
それでも急にわけのわからない不安に襲われて、何が役に立つかわからないと突然工作道具を大量に購入したりもした。家の外に撒こうかとまきびしを買ったりもしたけど、さすがに父と母の反対に遭ってこれは捨てられてしまった。
それまでは他の皆にいぶかしく思われないよう取り繕う余裕があったけど、そんなことできる状態じゃなくなっていた。
こうなると、あれは小説内の紫苑と蘇芳が共謀して起こした事件であってくれたらいいのに、なんてことも思ったりする。だって、私の目の前にいる二人なら、そんなことをたくらむはずがないから。事件が発生しないで済む。
さすがに両親も紫苑も蘇芳も、私の様子がおかしいと思い始めたようだった。
だけどその他のことに関しては普段通りだし、警戒し始めたのは去年からのことだし、なにより私がピリピリしているので、うかつに口を出せないでいるようだ。
私も、常に気の抜けない状態は精神的にかなり疲れている。でも、それも期限付きのものだと思えば耐えられた。
紫苑が高校二年生に、私が高校三年生になれば、小説内で事件が起きたとされる時期が終わる。そうなれば、私が防犯に力を入れたおかげだか、紫苑と蘇芳が手を組んで復讐を考えなかったおかげだかわからないが、とにかく両親の死を回避したことになると考えたからだ。
冷静に考えれば、私の家を付けねらう人物が犯人だった場合、学年が変わっても安心できない。でももう私はいろいろ追い詰められていて、ところどころで視野が狭くなっていた。
何度か、すべてを打ち明けてみようかと考えたこともあった。けど結局できなかった。妄想が酷いって思われて、例えば療養のためにと家や家族から離されたら、事件が起きたときに両親を守れない。
同じ理由から、取り繕う余裕がなくなったとはいえ、あまりに極端な警戒の仕方はしちゃだめだって思いもあって塩梅が難しい。
学年が変わるまで残りは一か月ちょっと。
二月のとても寒い日だった。夕方から激しい雨が降り出していたその日は、週に一回のみんなで食事の日でもあった。
今日は鍋の予定だ。もう支度はほぼ終わっていて、台所であらかじめ野菜や肉を煮込みはじめている。
私は台所でその様子を見ていて、やることのなくなった紫苑は食卓に着いて、父や蘇芳と盛り上がらない世間話をしていた。
私は相変わらずピリピリした緊張感をまとったまま、鍋を見ていた。
家の戸締りは黒田と既に確認している。さきほど帰っていった黒田は、念のため家の周辺に不審な人物がいないか見ながら駅に向かうと約束してくれた。何かおかしな様子に気付いたら、連絡をくれることになっている。本当にありがたい。
今日は雨で、声を上げても近所に届かないのが不安だった。すぐ通報できるように、スマートフォンは手元から離さない。
そんな私のところに、母が小さな箱を持ってやってきた。
「吉乃さん、見てちょうだい」
「どうしたの、それ」
「知り合いにお土産で頂いたの。有名な鍛冶屋さんのものなんですって」
母が知り合いにもらったというそれは、すごく切れ味のよさそうな包丁だった。
そしてその包丁を見た瞬間、私は直感的に「あ、今日だ」って思った。
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