22:できることをするしかない

 両親を殺す犯人は、私達がみんなで食事をすると何らかの方法で知り、あえてその日を狙ったのか。単に思い立った日に五人の食事会があったのか。

 せめてそれだけでも判明していれば……。

 だが、文句を言っても仕方がない。救いは夕飯どきって時間が判明していることだ。

 あとは、たしか犯人は男性らしき描写があった記憶がある。夕飯どきに家の周辺をうろついている怪しい男がいたら警戒対象だ。


 週一の食事会を中止にしてしまうことも考えたりはした。

 しかし、不審者が夕飯どきをたまたま狙っただけなら、むしろ私と紫苑と母だけのときを狙われるほうが危険度が増しそうだ。私と紫苑だけだったなら、さらに。人数が多いほうが、何かできることがあるかもしれない。

 警察に通報するにも、人が多いほうが隙をつけると思う。


 それに、できればみんなで夕飯をとることをやめたくなかった。

 全然盛り上がらなくても、やめたいって誰も言い出さない。それが、すごく私は嬉しい。いま、みんなの気持ちを裏切るようなことをしたくない……。

 だから、私にできることをするしかない。




「紫苑、ちょっといい?」


 私は紫苑の部屋にお邪魔した。すぐに本棚にある本達を眺める。

 相変わらず、犯罪関係の本が多い。ここに引き取られる前にあった、実母とその結婚相手の刃傷沙汰が興味のきっかけじゃないかと思う。けど、もうすでに彼の趣味になっているんではないだろうか。


「何冊か、本を貸してほしいんだ」

「いいけど。もしかして、不安になった?」


 犯罪者の心理みたいな題名の本を見ながら頼んだら、そんな質問が返ってきた。


「何の不安よ」

「また俺が、姉さんにナイフを握らせようとするかもしれないってさ」

「……そうしたくなったときは、まず相談してね」

「相談でなんとかなるかなあ」


 紫苑が冗談ぽく言って笑った。


「まあ、ナイフはもう渡しちゃってるけど」


 ゴールデンウィークに、山の中で私が彼に手渡されたナイフは、いま私が持っている。あのあと「姉さんが持っていて」と渡されたのだ。

 それで彼の気が済むなら、と私は受け入れた。


「あれ、どうしてんの? ちゃんと大事にしてくれてる?」

「お守り代わりに持ち歩いてるよ」


 持ち歩くことで、私はナイフの存在を忘れないようにしていた。前世の記憶に引きずられすぎて、今の家族をないがしろにしないように。小説内で活躍していた道具でもあるから、お守りというのも別に嘘ではない。

 紫苑が複雑そうに「嬉しいけど喜んでいいのか……」とよくわからないことを呟いて悶々としはじめたので放置して、私は本の確認に戻る。

 ふと一冊の本が目に留まった。


「これ……」


 本棚の一番下の段、一番端っこにその本は並んでいた。

 紫苑と初めて会ったとき、彼が持っていた本。まだ何も知らない私が、悪気なく欲しいとねだった本だ。

 厚めのハードカバーに銀色がかった灰色の紙カバーがかかっていて、端のほうがちょっと擦れている。牢獄という単語が題名に入っているけど、作者名からして物語かな。私は読んだことのない本だった。


「ああ、それね」


 気付いた紫苑の反応は興味なさげだった。


「俺がこの家に来た日に持ってた本だよ」

「うん、覚えてる」

「まだ興味ある? 姉さんなら見せてもいいよ。ってか、欲しければあげる」

「大事なものじゃないの」


 んー、と紫苑はちょっと唸ってから続けた。


「前の家でさ、俺の本当の母親と結婚相手が揉めたって聞いただろ」

「う、うん」


 紫苑の存在が原因で関係がこじれて、刃物を持ち出して殺人未遂に発展したという件だ。彼から、この話題を出してくるのは初めてだった。


「あれ、すげえくだらない口論が原因だったんだよ。俺が読んでる本を見て、結婚相手のほうが『つまらなそうな本を読んで。誰に似たんだか』って言ったのが始まりだった」


 つまり、この本がきっかけで、二人は相手を殺す殺さないの喧嘩を始めたということ!?


「だからなんだか……すごく価値のある本に見えてたんだ」


 そう説明する紫苑は、あの山の崖の上で「実母達が命のやりとりを始めるのを見てわくわくした」と語ったときのような、酔ったような顔になっていた。


 私のほうは、内心震えていた。

 だってもし初対面のとき、紫苑からこの本を取り上げていたら……。


「ごめん! 私、よく知らずに、初めて会ったときに欲しいとか言ってた!」

「ん? いいよ、別に。あのときはそりゃ、酷い人だなあとか思ったけど。さっきも言った通り、姉さんになら貸してもあげても構わないよ。今はあんまり大事に思えなくなってきたし、記念品みたいな感じで持ってるだけ」


 記念品! その感覚、わかりません!

 てか、私はあのとき、まさに紫苑に『殺したい』ほど恨まれるか否かの瀬戸際に立っていたのだ! 会って数分も経たずに!

 かなりギリギリのところで死を逃れていたことを今さらながらに知り、震えが止まらない。よかった。あのとき、母が紫苑のフルネームを呼んでくれて。いろいろと思い出せて、本当によかった。

 本を取り上げたあとに思い出して改心したんじゃ、手遅れだったかもしれない。


「読む?」

「今はいいかな……」


 「そう?」と返す紫苑は、本当に何も気にしていないようだ。


「これと、このあたり、借りていい?」


 本当にあった犯罪についての記録とか、犯罪者の告白、みたいな感じの本を数冊選ぶ。


「構わないけど、珍しいね。そういうの興味あったんだ?」

「興味はそんなにないんだけど、読んでみようと思ったの」

「気に入ったら、教えて。おすすめを紹介するから」

「ありがとう……」


 ごめん、紫苑。

 心の中で謝る。私が本を借りたのは、来る日に備える準備のひとつだ。

 いつくるかわからない不審者に備えて、私は家の防犯に力を入れたかった。しかし急に私が不審者がなんだの言い出しても、きっとおかしな目で見られるか、大丈夫だよと諭されてしまうのがオチだろう。

 そこで、こういった本を読んだことで不安になったと訴えれば、多少は説得力が増す。不審者を過剰に警戒したって、仕方ない付き合ってやるかとなる……といいなあと考えての行動だ。


 思いついたものはやっておくに越したことはないのだ。なんでも。

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