20:従妹、西園寺さくら

 どうしようもなく最悪な事実を思い出した私は、店を飛び出し帰宅すると、そのまま自室に引きこもった。

 途中、母と紫苑が心配して声をかけてきたけど、適当なことを言って追い返し、布団をかぶって必死に記憶を辿っていた。

 綾小路吉乃の両親は、シリーズ一作目の『迷いの城殺人事件』の時点で亡くなっている。しかも殺されている――。


 眠れないまま朝を迎え、朝食の席に行ったらあまりにひどい顔をしていたらしく、父も母も紫苑も、心配を通り越して引いていた。

 それでも私の体調を気にする三人を見ていたら、泣きそうになって私は回れ右で自室に戻った。

 自分が被害者だって気付いたときより、なんだか酷い。

 そもそも私のときは実感がすぐには湧かなかったし、回避方法もゼロではなかったし。


 一度思い出すと、連鎖的に他にもいろいろ頭に浮かんできたことがあった。

 吉乃の両親が何者かに殺されているのに、不自然なくらい小説内では扱われないので、設定が死んでるってたまに言われていたこととか。

 ほとんどシリーズ初期でしか会話に出てこないので、作者の方針が変わったとかじゃないのと言われていたこととか。

 フィクションだったらそれでいいけど――いやよくないかもしれないけど――私にとっては現実だよ! もっと詳しく描写しておいてください!


 記憶の断片を総合すると、紫苑が高校一年の終わりごろに二人は死ぬ。つまり今年度の終わりくらいってこと?

 吉乃、紫苑、紅子、藤孝の四人で食事をとっていたところに不審者が押し入ってきて、刃物を振り回し、そして紅子と藤孝が刺されて死ぬ。たしか吉乃も腕だか足だかに大怪我を負って、傷痕が残ってしまったんだった。

 いや本当に、どうしてこんな重要事項、すぐに思い出せなかったの。関連する物事に触れないといけないって条件があるとしても、自分に関することくらい、まとめて思い出させてよ!


 事件から吉乃は結構暗い性格になってしまって、蘇芳と紫苑がそれを支えていた。……というのは、蘇芳と紫苑が言っていただけなので、本当に三人の関係がそんな良好な設定だったのかはわからない。

 吉乃自身は登場して早い段階で被害者となって退場するので、彼女、つまり私が両親の事件について語るシーンはなかったはずだ。


 犯人は捕まっていない。通り魔ってさくらは表現していたが、家に押し入ったってことは強盗とかただの不審者って言った方がいいんじゃないかな。容疑者については何の手がかりもなく未解決のままだったはず。

 私の家には以前から、よくあるホームセキュリティを設置している。小説でもそうだったんだろうけど、事件を防ぐことはできなかったらしい。


 これだけの情報があれば、両親を救えるの?

 難しくない?

 今から空手とか格闘技とか習えば、ちょっとは変わる? 無理じゃない?


 できればもっと、ヒントが欲しい。

 両親が死を逃れるための――私が、彼らを守るためのヒントが。


 一晩中悩んだ末に、私は『きらめき三人組』シリーズ主人公であり従妹である西園寺さくらに会いに行った。




「吉乃ちゃんに呼び出されるなんて、びっくりしたよ」

「急だったのに、来てくれてありがとう」

「そんなの気にしないで!」


 思いついた私の行動は早かった。

 連絡先を調べてコンタクトをとり、彼女の家の近くのファストフード店で二人で会うまで半日かかってない。

 学校帰りの彼女は制服のままだ。私も制服なんだけど、今日は学校には行ってなくて病欠した。

 朝、あまりに酷い顔で朝食に出てきた上にすぐに部屋に戻った私は、何も疑われることなく体調不良で学校を休めた。どうせ今日は、授業を受けたって何も頭に入ってこなかったと思う。


「話ってもしかして、蘇芳くんのこと……かな」


 なぜ蘇芳?

 一瞬戸惑ったが、そういえば、二人は前からの知り合いなんだっけ。私がわざわざさくらを呼び出す理由で、思い当たるのはそのくらいだったのだろう。

 他に特に接点ないもんね、私とさくらって。


「いや、蘇芳くんは関係なくて……。ほら、ゴールデンウィークの喫茶店でのこと! 途中で私達帰っちゃったから、どうなったのかなあって気になって」


 本音は彼女と話すことで、両親が死ぬと思われる事件について、何か他にも思い出すことを期待してる。

 たとえ何も思い出さなくても、将来的にいろんな事件を解決するだろうさくらと話していたら、両親を守るヒントみたいなものを思いつくかもしれない。

 なので、とりあえず小説と絡んだ話題を出してみた。


「カワタさんとヤマギシさん、ちゃんと仲直りしたんだよ。カワタさん、すごく反省してた」

「さくらちゃん達が推理したおかげだね」

「へへ」

「去年の夏にも、何か事件みたいなものに巻き込まれてたよね」

「うん。気になるとね、つい首をつっこんじゃうんだ」


 その調子で、私の両親の事件にも首をつっこんでほしかった!

 ここでさくらに言っても仕方ないのかもしれないけど!


「そういう事件ってさ、こう……前兆とかってある?」

「へ?」

「ええと、推理とか私にはできないし、なんとなく怖いなあって思うんだ。だから前兆とかあれば知りたいなって思ったりして」

「そっか……。でも、事件を乗り越えればお互いの仲が深まるって考えれば、少しは怖くないかも」


 優しくさくらが慰めてくれる。違う。そうじゃないんだ。

 あと、今のところは誰も死んだり怪我していないけど、これからは殺人だって起こるんだよ。怖くないとか言えるレベルではなくなるんだよ。まだ違うけど。


「でも、ええと、何かが起こりそうな兆しとか見分ける方法があれば、知りたいなーって」

「難しいなあ。私が関わるのは、いつも起きた後だから」

「そうだよね」


 探偵が出てくるのは大抵、事件が起こった後だもんね……。


「ねえ、吉乃ちゃん。蘇芳くんのことなんだけど……」


 がっくりしていると、さくらがおそるおそるといった感じで蘇芳の名前を出してきた。


「蘇芳くんね、もしかしたらご両親と少し、うまくいっていないところがあるのかもしれないんだ」


 あれ? 蘇芳の家のことについて、さくらも知っているの?

 なんとなくだけど、彼女は蘇芳の複雑な事情は知らないものだと思っていた。


「吉乃ちゃんは、何か聞いてる?」

「え、いや、どうかな……」


 知ってるけど、本人の口から詳細を聞いたわけじゃない。

 紫苑が事情を暴いて、蘇芳が否定しなくて。蘇芳本人がどう考えているかとかは、こちらが勝手に推測している状況ともいえる。


「吉乃ちゃんの家は、紫苑くんが加わってもうまくいってるってお母さんに聞いたの。だから……」


 本能的に、私は身構えた。

 私の神経をめちゃくちゃ逆なでしそうなことを言われそうな気がしたからだ。去年の夏のトラウマっていうと、大げさだけど。


「蘇芳くん、ご両親ときっとすれ違ってるだけだと思うんだ。だから吉乃ちゃん達を見てたら……蘇芳くんも気付けるといいなって思って」

「気付く? 何に」

「えーと、家族の絆とか、そういうの。できたらでいいから、蘇芳くんのこと、気にして見ていてあげてほしい」

「あ……」

「吉乃ちゃん?」


 なんでもない、と私は首を振る。

 私が知りたかったことで気付けたことがある。けれど、今はそれよりも。


「さくらちゃんって、いいこと言うけど、無神経だよね」


 言わずにはいられなかった。でも同時に罪悪感で胸が痛む。

 だってさくらは悪気ゼロなんだよね。善意の相手に、否定的なことを言うのってきついんだな。


「さくらちゃんの前向きさとか素直さに、救われる人もいると思う――というか、救われる人のほうがたぶん多いんだけど」


 小説通りなら、彼女の言葉で反省して改心する犯人はいっぱいいるし。

 悔しいけど、さくらの考えを受け入れる人のほうが多い。少なくとも彼女の周りには。


「でも誰かを傷つけてるときだってあるかもしれないって、たまには考えてもいいと思う」


 そんなこと言われると思っていなかったのか、さくらは固まってしまった。しかも目がうるんできている。

 泣かせてしまったかも。

 なんか私、悪役っぽい……。前世の従姉が言っていた「悪役令嬢」というやつ。


「……帰るね」


 いたたまれなくなって、私はさっと立ち上がる。

 自分の飲み物のカップが乗ったトレイを手にして、ゴミ箱と一体になっている返却場所へ行くと、機械的に燃えるごみ、燃えないごみを仕分けしながら、背後の席に座ったままのさくらのことは考えないようにする。


 気持ちを切り替えよう。今は両親の事件のことが大事だ。

 さっきさくらと話していて思い出したことがある。

 不審者に押し入られたとき、私、紫苑、両親に加えて、蘇芳がいたはずなのだ。それは婚約者を交えての食事会の日だった。

 さくらが「なんとか予定を合わせて、やっと家族みたいに交流を始めるところだったってお母さんから聞いたんだ」的なことを言って同情するシーンがあったなあと気付いたのだ。


 だから最近、みんなで夕飯をとるたびに胸騒ぎがしていたのか。

 なんて冷静に分析している場合じゃない。

 五人での食事会は、私が週一の習慣にしてしまった。確実に小説と展開が違う。

 つまりそれは、不審者襲撃の日を特定しづらくなってしまったということだ。まさか私の行動が裏目に出るなんて。もっと早くに記憶を取り戻したかった!


 そして、五人揃っての食事会で起きた事件っていうのも気になる。その場に蘇芳もいたのか。どうしてよりによって、そんな珍しい日に……。

 つい、嫌な可能性に思いついてしまった。

 もしかしたら小説内では、蘇芳と紫苑が共謀して事件を起こしたとか――。


「吉乃ちゃん」


 その声にどきっとする。店を出たところに、蘇芳が立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る