19:最悪な記憶

 学校帰りに寄ったコーヒーショップ。窓際のカウンター席に、私は友人と二人ならんで座り、だらだらとおしゃべりをしていた。

 いつもはジュースなのに、気まぐれで温かい紅茶を頼んだ彼女が、カップに砂糖を入れてスプーンでかきまぜる。その動作に引き寄せられるように注目してしまう。

 円を描くように混ぜているのを見て、ほっと息をついてしまった。


「ホットティーにすればよかったとか、思ってる?」


 見つめすぎていたのか、そんなことまで聞かれた。


「違う。ぼんやりしてただけ」


 彼女まで――中学からの友人であるゆかりまで、つい確認してしまうなんて、黒幕キャラの存在という事実に振り回されすぎている。

 頭の隅に置いとくだけにするつもりだったのに、気付けば他人の動作に注目することが増えてしまっていた。


「そういえば今日、弟くんが呼び出されるの、見ちゃった」

「誰に!? どこに!」


 紫苑が呼び出し!?


「どこだろう? お相手は可愛い女の子だったよ」


 途端に気が抜けた。

 これ、絶対にわざと紛らわしい言い方をしたな。


「変な言い方しないでよ。ちょっと焦ったじゃない」

「ちょっとってレベルじゃなかったよ~? その様子からして、うまくやってるみたいじゃん」

「まあね」

「一応、心配してたんだよ。高校に入ってから、吉乃ってば様子がおかしくなったから。下手に指摘すると嫌がるかなあと思って、これまで触れなかったけど」

「はは……否定できないかも」


 さすが、中学から付き合いのある相手は私のことをよくわかっている。

 私の通う私立高校は中高一貫校で、ほとんどが中学から持ち上がる。私も中学から通っている。紫苑みたいに高校から入ってくる生徒はいるけど少ない。マンモス校でもないし、互いに付き合いが長くなるから、高等部になると自分と気が合ってよく一緒にいる相手というのがほぼ固定されていた。


 ゆかりとは中学二年生のころからよく喋るようになって、たぶん今は一番仲のいい同級生だ。

 たぶん、と着くのは、前世の記憶が戻ったあとの私は、友人関係に少し自信を喪失しているから。

 だって、中学の好き放題だった自分を考えると、よく友達を続けてくれたなあと思ってしまうのだ。

 ゆかりは表面上はドライに見えるけど、結構世話焼きタイプなので、呆れながらも私と付き合ってくれていた。そして今に至ったって感じだ。

 前のままの私だったら、さすがに今ほどは仲が深まっていなかったかも。


「最近、家のことがいい方向に向かい始めたんだ」


 言いきっていいのかって、心のどこかで声がする。

 でもいくら考えたって正体のわからない胸騒ぎに、こんなちょっとした息抜き時間まで悩まされたくなくて、私はあえて無視をする。


「ちょっとは相談してほしかったけど、うまくいったならいいや」

「ごめんね。なんて説明すればいいかわかんなくて。心配してくれて、ありがと」


 真面目にお礼を言ったら、「そういうの、調子狂うから」とゆかりは小声で言って紅茶に口をつける。


「そうだ、弟くんのことだよ。髪色変えてから、印象変わったよね。今は、ほどよく軽い感じに見えるな」

「えー、軽いかなあ」

「ほどよくって言ったでしょ。いい意味なの。入学式のときは黒髪だったのに、気付いたらあんなに明るくなってて驚いたよ。女子には好評だし、正解だったね」


 黒髪から薄茶色に染めて、女の子に好評で――。


 ゆかりのその言葉が「最後の一押し」だった。

 切り取られた、どこかの短いシーンが、突然私の頭の中に浮かんでくる。そうだ、あれは主人公のさくらと、異母姉を亡くした紫苑の会話シーンで――。


『紫苑くん、その髪の色……すごく明るくしたんだね。前に会ったときには、黒髪だったでしょ。少し驚いちゃった』

『適当に明るくしたんだけど、女の子には好評なんだ。ラッキーだよね』

『あの……変なことを訊いちゃったらごめんね。紫苑くんが髪を染めたのって、叔母さん達のことと関係、ある?』

『……ないとは言えないかな。気分、変えたかったんだ』

『まさか、叔母さん達が通り魔に襲われて亡くなるなんて、いまだに信じられないよ。しかも今度は吉乃ちゃんまで……。ごめん、本当に辛いのは紫苑くんなのに、涙が止まらない……』


 みたいな会話を交わして……え?

 嘘だよね?

 いま、思い出したシーン、嘘だよね!?


「吉乃――? 聞いてる?」


 ゆかりの声が、なんだか遠い。いや、すべての音が、遠く聞こえる。


「わ、私、帰る!」

「どうしたの、用事でもあった?」

「違う……体調が非常に悪い! これ以上なく悪い! ごめん!」


 恐怖が全身を支配して、私は混乱したまま店を飛び出した。


 なんで忘れていたの。『迷いの城殺人事件』の時点で、吉乃の両親は亡くなっている!

 胸騒ぎの正体はこれだ!


 いくら考えても思い当たる事件がなかったのは当然だ。私の両親が殺された事件は、『きらめき三人組』シリーズじゃ、さくら達が謎を解いたりしていないんだから。

 油断していた。

 小説内でさくら達が関わる事件は、シリーズ一作目の『迷いの城殺人事件』が起こるまで、人が死ぬことがない。だからなんとなく危機感が薄かった。


 さらに言えば、シリーズ準レギュラーとしてちょくちょく登場する紫苑も蘇芳も、ほとんど口にしない話題だったから、印象も薄かったのだ。

 あの二人――小説内の二人は、「吉乃が殺人事件で殺されて辛い思いをしたから、さくら達が事件を解くのに協力していきたい」なんてことあるごとに口にしていたくせして、私の両親のことはこれっぽっちも気にした様子がなかったからね!


 どうしよう。どうすればいい――!?

 このままだと父と母が死ぬ……誰かに殺される!

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