17:もうしばらくはこのままで
食卓で倒れたあとの私は、とりあえず薬を飲んで今夜は様子見することになった。明日も体調が戻っていなかったら病院に行く。
親達が話をまとめるのをどこか他人事のような感覚で聞いてから、私は自室のベッドへ連行された。
今は薬が効いてきたのか、少しだけ落ち着いてきている。
私のやったことで、これから何か変わるのかなあと思いをはせていたところで、部屋がノックされて紫苑が顔をのぞかせた。
「起きてる?」
「うん……」
返事をすると、紫苑と、それから蘇芳が部屋に入ってくる。まだ帰ってなかったんだ。
年ごろの男の子に部屋に入られるのって緊張するんだけど、熱でふらふらな今は、文句を言うのも面倒くさい。
「じゃあ俺は水をもってくるから」
私の容態が落ち着いているのを見ると、すぐに紫苑が出ていく。その際、部屋の扉をあけ放って、蘇芳に「閉めたら、わかってるよな」と釘をさしていった。
「吉乃ちゃんと話したくて、紫苑くんに頼んだんだ」
紫苑の出て行ったあとを不思議そうに眺めていると、蘇芳に説明される。
立たれたままだと落ち着かない。座ればと促すと、彼はベッド横の枕元に近い場所に陣取った。
「何の話? ぼんやりしてるから、ちゃんと答えられないかもしれない」
「婚約の話だよ」
ああ、それは……。
「復讐のために、私と結婚したかったってやつね」
「ああ」
動機が復讐だったって認めるんだな。
私はいま、彼にどう思われているのだろう。さすがに「殺したい」ほど嫌われてはいない? それとも元からそのくらい嫌われてた?
私の関心はほぼその一点に集中するのだけど、聞いちゃってもいいものだろうか。
「どういうこと、するつもりだったの?」
さすがに「殺人予定とかありましたか」なんて直球では聞けない。
「具体的なことは、あんまり考えてなかったんだ。ただ、近づけば何か機会を掴めるだろうくらいには思ってた」
「適当すぎる……」
小さく笑ったら、蘇芳も力なく笑った。
「もしかしたら、紫苑くんを仲間にできるかなとかは考えてたよ。彼もこの家に引き取られて苦労してるだろうなって思ってたし、それに……」
蘇芳が言いにくそうに口ごもった。
「この際だから、全部言っちゃってよ」
「怒らせるかも」
「なんで」
「……吉乃ちゃんって、もっと酷い性格だって聞いてたんだ」
「あー、だから紫苑に嫌われて恨まれてると思ってたわけね」
私に前世の記憶がなければ、その予想は大当たりとなっていた。
「言っておくけど、紫苑との仲は悪くないからね」
「いやもうよく伝わってくるよ。悪くないどころか、すごく仲いいだろ」
「そう?」
第三者からそう見えるんだ。昼間に少し自信を無くしたところだったので、嬉しい。
「吉乃ちゃんに下手なことして、紫苑くんを敵に回すのは避けたいよ。今日、さくらちゃん達と会ったのも、たぶん紫苑くんとしては狙い通りだったんじゃないかと思うんだよね。行き先を提案したのは彼だろ」
「学生がよく行くエリアなら予想もできるだろうけど、そこまで流行ってない観光地だよ。偶然でしょ」
「だからこそ怪しいんだ。さくらちゃんや彼女の友達のSNSを見たら、どうも少し前からあの観光地の話題を出してたみたいだ」
「まさか……」
「たぶん、さくらちゃんと遭遇したときの俺の反応が見たかったんじゃない? 復讐だなんだの問い詰める前に、揺さぶりでもかけるつもりでさ」
「人の弟に妙な疑いをかけないでよ」
「でも、ありえるとは思うだろ」
「それは……紫苑になら、可能かなとは思うけど」
もしそんな紫苑が蘇芳と手を組んで、私や綾小路家に何かしてやろうと画策していたら――嫌な想像だ。太刀打ちできそうにない。
いや、小説では実際に手を組んでいたのかも。でも二人が手を下す前に、吉乃は『迷いの城殺人事件』で被害者となってしまったわけだ。
あれ? わざわざ手を組んでいたとしたら、私の両親や、さくらの家に対する復讐は無し?
何かそれらしい描写ってあったっけ……。思い出せない。
どちらにしろ、もう蘇芳は紫苑と手を組むことはないのだから大丈夫かな。
「蘇芳くんが婚約したがった理由って、他には誰も知らないの?」
「下の兄にだけは話したんだけど、馬鹿なことするなって言われたよ」
「お兄さん達とは仲いいんだ?」
「いや、あんまり交流はしてない。上の兄の方は一人暮らししてるし、ほぼ会うこともないな。下の兄の方とは、まあまあ」
蘇芳には二人の兄がいる。だけど小説内で登場したことはないはずで、会話にもほぼ出てこない。没交渉気味な印象だったけど、目の前の蘇芳もそんな感じらしい。
唯一事情を話した下の兄は企みに否定的だったようだし、彼だけが一人で復讐を考えていたのか。誰にも頼れないまま。
「正直言うと、自分がどうしたいかわからないんだ。吉乃ちゃんの家のことも、さくらちゃんの家のことも、嫌いな人達の集まりだってずっと思ってた。でも何かしてやろうって気が前ほどなくなってて、困ってる」
「そのまま、そういう気はなくなってくれるとありがたい」
「はは、だろうね」
蘇芳は、彼らしくもなく自信なさげに視線を壁のほうに逸らした。
「わからないから、もう少し、婚約者として吉乃ちゃんのそばにいてみたい。それとも、俺のことは許せない?」
許すとか許さないとかいう感情はなかった。
まだ何かされたわけでもなかったし、事情を聴いてしまったら同情心も湧いてしまうし……。
だけど、簡単に許すと言いきってしまうのも違うのかな。一応、将来的には私を害そうと企んでいたことになるわけで。
「復讐を考えるのって……例えば、生きるのに必要なことだったりした?」
どのくらい蘇芳が切羽詰まっていたのかを知れば、判断材料になるかなあと考えた。
基準が生きるために必要かどうかって極端になったのは、私がまさに将来生き延びれるかという問題と常に隣り合わせなせいだ。
「意外なこと訊くね」
「ごめん。変な質問だったかな」
「いや……。そうだな、必要だったかもしれない。何かよりどころが欲しかったんだ。あの家じゃ何のために生きてるのか、一人だとよくわからなくなるから」
「一人か。一人はきついよ」
前世の記憶が蘇って、どうにか生き延びる未来を探さなくてはいけなくなった私も、一人でなんとかしなくちゃいけなかった。
蘇芳の大変さとは違ったものだけど、誰にも頼れずあれこれ悩まなくてはいけない辛さは、少しはわかると思った。
「じゃあ、これからは一緒に生き延びるための道を探す? 相談とか乗るし……」
「一緒に?」
「一人だと、行き詰まったりするじゃない」
自分だけで問題を抱え込んで解決まで持っていくのってしんどいし、成功させるのも難しい。
さっき父と母に文句をぶつけたときだって、紫苑と蘇芳がいなかったら、私が意味不明な癇癪を起こしたってことでうやむやに終わったかもしれない。
「一緒に、ね」
「うん」
「甘すぎるよ。こっちは吉乃ちゃん達に何かしようとしてたのに」
「自覚はある……」
それにしても薬のせいで眠い。耐え切れなくてまぶたが落ちてきそう。
あくびをして涙を浮かべながら蘇芳を見たら、彼も涙目になっていた。
「泣いてる?」
「……あくびがうつっただけだよ」
「ふうん」
あくびじゃ、仕方ない。
「重いんだけど」
私にかけられている布団の上に、蘇芳が体を倒す。顔をうずめるようにして、隠してしまった。
私の高級羽毛布団はふかふかなので、なんか布団が重くなったかなくらいの感覚だ。
彼が何も言わないから、私ももう何も言わず、眠気に身を任せる。
完全に眠りにつく間際、「あんた何してんの」っていう紫苑のやたら低い声が聞こえた気がした。
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