13:そんな裏設定、聞いてない
「カワタさん、ナイフを捨ててください!」
「い、嫌だ。俺は被害者だ……」
さくらの言葉にカワタは首を振る。
みんなカワタの突然の変貌に驚き、なんの行動もできないでいる。でもよく見れば、蘇芳と紫苑だけはやけに冷静な顔をしていた。
『毒入りコーヒー!? 辛口批判の報い』に蘇芳と紫苑が登場したことには意味があった。彼らが作中で影が薄いチョイ役扱いなのも、ちゃんと意味があったのだ。
……裏で行動してたんだね! 二人して犯人を煽ってた!
カワタが急にナイフを構えた件について、一部の読者が「唐突だ」って指摘してたけど理由があったんだ。
これ、絶対に何かの伏線だね!?
私が読んでいない――きっといつかは読むはずだった新作で、絶対に回収されてた設定だよね!?
私はどこにもいない前世の従姉に向かって脳内で語りかけていた。むしろ八つ当たりしながら状況整理をしていた。
そうしながらでないと、この現実と向き合えない。
私の弟と婚約者は、なんかとにかく普通じゃなかった! 今更だけど!
内心でテンションがおかしい私の目の前では、さくらが推理ショーを始めている。
カワタがナイフを構えたままでも立ち向かう。彼女の精神は本当に強いと思う。
「カワタさんのコーヒーに入っていたのは、駅前の小さなお店で最近取扱いがはじまった、オリジナルの調味料でした。唐辛子にこの辺りの特産であるかんきつ類の皮の粉を混ぜたものです」
「カワタ、お前、ここに来る前に親への土産にするって言って買ってたよな」
「そ、それは……」
「カワタさん、そのお土産を見せてもらえませんか。開封していないことを確かめさせて欲しいんです」
「……嫌だって言ったら?」
「お願いします。もし開封されていたとしても、私、カワタさんがやったことにはちゃんと理由があるって思ってます。それを知りたいです」
悪意ゼロパーセントのさくらの言葉だ。みんなが頷く。
つい聞き入ってしまう彼女の喋り方は一種の才能だ。彼女を探偵役の主人公たらしめる大事な要素なんだろうな。
去年の夏にも感じたことを、もう一度改めて実感した。
さくらに自作自演を疑う十分な状況証拠を示され、このあとほどなくカワタは陥落する。たしか泣いて反省する。そこらへんの詳細はよく覚えていないけれど、シリーズお決まりとしてたぶん泣く。
私はもう、この事件の顛末にさして興味を惹かれていなかった。
そんなことより、私の弟と婚約者に関する新事実で頭がいっぱいだ。
「ふと魔がさしたんですよね? さっき買ったばかりのお土産を使ったのが、これが計画的ではなく衝動的な犯行である証拠です。あなたはヤマギシさんに嫌がらせしようとしたけど、きっと、心のどこかではしたくないって思っていたんですよ!」
さくらの渾身の主張に、カワタの手から力が抜けてナイフがすべり落ちた。
予想通りにカワタが泣きながら犯行理由を語り出し、そこにヤマギシが「俺も悪かった」みたいなことを言って涙ぐんだり、周りもぐすぐすし始めたところで横から肩をつつかれる。
「そろそろ出よう」と紫苑が小声で言ってくる。蘇芳を見ると彼も頷いていた。
あとはさくら達が推理の細かい部分を説明したりとか、カワタ達に「仲良くね」的なことを言うだけだろうし、私も反対せず静かに立ち上がる。
遠巻きに見ていた女性店員さんにそっと会計を頼み、私達は店を後にした。
「さっきの、わざと追い詰めるようなことを言ったでしょ」
当初の予定通り山の中腹にある神社への道を歩き出してから、私は二人に訊ねた。
「なんのこと?」
「カワタさんのこと! やられる前にやってやれとか……」
「俺は一般論を言っただけじゃん。追い詰めたっていうなら、カワタさんが犯人だって指摘した伊集院サンだろ。そう考える人もいるかもしれない、なんて遠回しな表現してさ」
「俺は、さくらちゃんが謎を解く前に犯人を当ててみたかっただけなんだよね。全員の前で告発する必要はないし、自分から罪を告白してくれればいいと思ってああいう言い方になっちゃったんだ」
前世のおかげで二人には裏があるって設定を知っている身からすると、めちゃくちゃ怪しい。
「カワタさんに、蘇芳くんや紫苑に煽られたからナイフを手にしたんだって言われたら、どうするつもりだったの?」
「そのときは正直に謝るよ」
「一般論を言っただけなのに、誤解されて悲しいって主張する」
「あ、そう……」
二人とも全然悪びれた様子がない。
もしカワタに名前を出されていたら、本当に謝ったり悲しんでみせたりしたんだろう。紫苑はわかんないけど、蘇芳はさくらに対する態度から演技派みたいだから、きっとあの子達は言いくるめられると思う。
だがそれより今大事なのは、こんな裏事情を知って、私はこれからどう行動すべきなのかということだ。
二人が私を「殺したい」ほど憎む設定は知ってたよ。でも二人に事件の裏で犯人追い詰めてしれっとした顔してる側面があったなんて、知らなかったよ。
この事実が私の生死に影響するのか、きちんと考えるべきだ。
正直、仲よくなってきたと思っていた二人に対してこんな風に警戒したり、分析したりする自分が悲しくもあった。
割り切るしかないのか……。
黙っていると、話は終わったと思ったのか蘇芳がそういえばと切り出した。
「吉乃ちゃん、婚約を断ったときに問題がないか、また親に確認したんだって? 喧嘩でもしたのか吉乃ちゃんの親が心配してたって、俺の親が言ってたよ」
「ああ、ごめん。迷惑かけたかな」
蘇芳に不満があるとかではなく互いの将来のために確認したのだが、やりすぎただろうか。
「どうしてそこまで断ることにこだわるのかな。自分で言うのもなんだけど、俺って優良物件ってやつだと思うよ」
「たしかにね」
「反応うす……。俺と結婚したら仕事なんかせずに、家政婦雇って好きにしてていい。美味しい話じゃない?」
「はあ?」
この人、何を言ってんだ?
「あのさ、私がいつ仕事したくないって言いましたかね?」
「ん?」
私の反応から、蘇芳は自分が地雷を踏んだことに気付いたようだ。
ぶはっと紫苑が噴き出した。
「伊集院サンって変なトコで詰めが甘いね! いいとこのお嬢さんだから、働きたくないんだろうって適当な考えしただろ」
「でも綾小路家って、そういう人多いし……」
あー、たしかに綾小路家って、「男は働いて女は家に」みたいな古い考えしてるとこあるのよね。本家は母の実家なんだけど、祖父母に会うとそういう考えをめちゃくちゃ感じる。
西園寺の名字になった蒼子――さくらの母は、自らの希望で仕事をやめていないらしい。祖父母や別の親戚が、それを非難するような物言いをするのを聞いたことがある。
母だって、たしか翻訳関係の仕事につきたかったらしくて能力もあるらしいんだけれど、結婚と同時に家に入った。
そして前世の記憶のおがげで自覚したんだけど、これまでの私は、実はそんな一族の空気にフラストレーションをためていた。勉強は結構得意だし何かに活かしたいけど、どうせ早いうちに結婚して家に入るから意味ないんだろうな、みたいな……。
わがまま自己中娘なのに不満を感じているのに、反抗するという選択肢が思い浮かばなかったのは、親や祖父母の価値観が洗脳みたいに浸透しちゃってたってことだと思う。
本当は母も――紅子も、家にいるのが向いてないタイプじゃないかと思ってる。
おぼろげだけど、前世の私が仕事が生きがいタイプだったみたいでわかるのだ。たしか妹は家のことをするのが本当に向いていて得意で、私はそれを尊敬の眼差しで見てた。真逆タイプの私と妹は互いのあまりの違いを見て、「結婚するときがきたら、相手とちゃんとすり合わせしないといけないね」と言い合ったって記憶がある。
仕事を諦め、向いていないのに家に入り、子供を産んだと思ったら夫が浮気。
このコンボが紅子の家庭への気持ちを薄れさせ、私の――吉乃の家が表面上しかうまくいってない原因の一つとなったのではないか。
ここまで予想はしたんだけど、だからってどうすればいいのか。
だって高校二年生の私には重い。
推理小説とは別のドラマが始まるよ……。
「私、働きたいタイプだから、蘇芳くんと気が合わないね」
「いやちょっと待って! 今のは吉乃ちゃんのこと、勘違いしてただけっていうか、別に働きたいなら働きたいでいいから……」
「必死だな、伊集院サン」
「紫苑くんは黙ってて」
どうせ私の一存では、すぐに婚約破棄どうこうはできない。
二人の言い合いを、喧嘩するほど仲がいいってやつかななんて思いつつ気楽に聞き流していたのだが。
「本当、必死すぎておかしいよね。綾小路家の内情まで探ったりしてさ」
そう続けた紫苑の言葉で、はっとなった。
これまでの茶化すような感じじゃない。すごく攻撃的だった。
蘇芳も気付いたらしく、私達三人の間の空気が変わる。
「婚約者の家のことを知るのは普通だろ?」
「どうだか。今日は、そこらへんをはっきりしたいと思ってたんだ」
紫苑は少しためてから、蘇芳に向かって言った。
「あんたさあ、復讐のために姉さんと婚約したがってるだろ」
復讐……?
私が蘇芳に復讐されるの? 何もしてないのに?
はは、ご冗談を……。
急に言われても意味がわからない。でも、紫苑は冗談を言っている顔じゃない。
そして、なぜか蘇芳がすぐに答えず黙っている。
……え、本当に?
とりあえず……それは、殺すとか殺さないとかいうレベルの話ですか?
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