12:『毒入りコーヒー!? 辛口批判の報い』
「久しぶりだね。去年の夏ぶりだ~。今日は三人でお出かけ?」
「うん。そっちも?」
「そうなんだ。へへ、すごい偶然だね」
そう言ってさくらは蘇芳と紫苑にも笑いかける。二人は「どうも」「久しぶり」と笑顔で挨拶する。蘇芳はさくらを嫌っているそぶりなんて微塵も見せない。
私達の隣の席は空いていなくて、さくら達三人は挨拶だけ交わすと離れた席へと案内されていった。
「あんた、本当に表に出さないな、あの人のことが大嫌いだって」
「嫌いな相手にいちいち嫌いだって示すほうが、疲れると思うよ」
「それにしても完全に隠しすぎ。その演技力、感心するね」
「褒めてくれてる?」
「どうかな……」
紫苑と蘇芳のやりとりが聞こえてくるけど、内容が頭にはいってこない。
今はそんなことより、さくら達だ。こんな観光地で何の意味もなくこの三人と出くわすわけがない。
思い出せ……これ、絶対に元の小説にあるやつ!
観光地……古民家カフェ……蘇芳と紫苑……。
そのキーワードが、私に一つの答えに辿りつかせた瞬間――。
「きゃあ!」
隣の席で悲鳴が上がった。
座っていた若い男女混合グループが悲鳴とともに立ち上がり、一人だけが座ったまま酷くせき込んでいる。
グループの誰かが「ど、毒!?」と声を上げた。
違います。それ毒じゃないです――!
思い出した。これは読者に「酷い肩透かし事件」と評された『毒入りコーヒー!? 辛口批判の報い』だ!
「お客様、大丈夫ですか!?」
すぐに女性店員がやってきて声をかける。
せき込んでいるのは男性客だ。グループはみんな二十代くらいの男女五人。前世の知識によると、たしか会社の同僚達で遊びに来ていたはず。
「すみません。こいつがコーヒーを飲んだとたんにむせ始めて」
「飲んだ瞬間、うえっていったよな」
「変なものでも入ってたんじゃないの?」
店内を見ると、私達とさくら達の他に、中年女性三人と三十代くらいのカップルがいて、不安そうに様子をうかがっている。
「どのコーヒーでしょうか」
「これです、これ」
別の年上の女性店員も駆け寄ってきた。彼女はおしぼりをむせた客に渡しながら、先にかけよった店員に事情を尋ねるような視線を投げる。
「店長。この方のコーヒーに何か入っていたらしくて」
「何かって何よ」
「さ、さあ」
店長は件の客のコーヒーカップを持ち上げて匂いを嗅いだが、おかしなところはなかったようで首をひねっている。
「か、辛いんです。そのコーヒー!」
ようやくむせていた男性客が落ち着き、自分のコーヒーを指差して叫ぶ。
店長は客に断ると、辛いと言われたコーヒーを少しだけ口に含んだ。
「辛い! 何これ!?」
むせた男性は周りを囲む人達を見ながら、さらに叫ぶ。
「誰かが俺に、毒でも盛ろうとしたんだ!」
「いえ毒じゃなくてこれは……唐辛子の味がします! それから柑橘系の風味も少し。でもどうして?」
「作るときにミスしたとか?」
被害者の連れの一人である女性客が言うと、店長は明らかにむっとした表情になる。
「そんなミスをするはずありません」
「じゃあ、私達の誰かが唐辛子を入れたっていうんですか」
店の不手際か、彼らのうちの誰かが入れたのか。はたまた他の客か?
一気に犯人探しの空気が広がる。
「すみません、私達にも事情を聴かせてくれませんか?」
険悪になりかけていた店側と男女グループに割って入ってきたのは、さくら達だ。
「第三者が見たほうが、冷静に判断できると思うんです」
多分こんな感じだったな、とおぼろげな記憶通りの流れが目の前で展開されていた。
被害者達のグループは、男性三人、女性二人の五人で遊びに来ていた。全員が飲み物とケーキのセットを注文。そして男性のホットコーヒーにだけ、なぜか唐辛子の粉が入れられた。
コーヒーを淹れたのは店長、運んだのはフロア担当の女性店員だ。
被害者男性カワタと店員以外で、カップに触ったのは一人だけ。壁際に座っていた男性のヤマギシだ。カワタから彼のカップを受け取って、自分の傍に置かれていた備え付けのシュガーポットから砂糖を一匙入れてやったらしい
「そういえば、ヤマギシくん、自分を振った女の子がカワタくんと付き合い出したって愚痴ってたよね」
「俺を疑ってるのかよ!?」
「だけど、おまえだけだろ。店員以外にカワタのカップを触ったのは」
「砂糖を入れてくれって、カワタに頼まれたからだ!」
「そういうときって、シュガーポットをカワタのほうに移動してやるのが普通じゃねえの?」
「だってカワタがカップを差し出してきたから、自然と受けとっちまって……」
ヤマギシはカワタを恨む動機があった。そして犯行を行えたのも彼だけ。状況的には真っ黒である。
隣の席の客――私達にはすべての会話が筒抜けだ。彼らは聞いているこちらが心配になるほど、周りに他人がいてもお構いなしで事情を話す。それだけ目の前の事件に気を取られているんだろうけど。
細かい内容までは無理だけど、私は犯人もこの後の流れも大体思い出していた。そして事件とは関係ない、別の特筆すべきポイントも。
――蘇芳と紫苑って小説でも登場するんだよね。
現実の二人は私と同じく、素知らぬ顔して隣の会話を聞いていた。
『毒入りコーヒー!? 辛口批判の報い』には、チョイ役で蘇芳と紫苑が登場する。特に物語には影響せず、紫苑に至っては名前は出ないけど描写的に読者が推測できる程度。
流れとしては、さくら達が穴場カフェとして気になっていたお店に入ったら、蘇芳がいる。さくらは従姉の婚約者で遠縁の男性として蘇芳を知っている描写があり、短い挨拶を交わす。蘇芳は同じ歳くらいの黒髪の男の子と一緒におり、見た目の描写的にそれが紫苑。といった感じだ。
小説じゃあ、まだ紫苑の髪は黒かった。
チョイ役なのになぜこんなに詳細に覚えているのかというと、まさに「チョイ役過ぎたから」だ。
「酷い肩透かし事件」と評された理由がまさにそこにある。
この話に二人が登場するのは、おそらく人気の高かった脇キャラをファンサービス的に出したんだろうと言われていた。
でもせっかくだしたのに挨拶しただけで、蘇芳達は巻き込まれた一般客として最後までただ店内にいるだけ。読者からすれば結局あの二人はなんのために出したんだと、不満に繋がっていた。
「とにかく俺じゃない!」
「じゃあ誰なんだよ」
「店が嫌がらせのためにやったんじゃねえのか!」
唐辛子混入の犯人扱いされたヤマギシはヒートアップし、店を疑いだした。
「言いがかりです! 私達がお客様に嫌がらせする理由なんてありません!」
「落ち着いてください! みんなで一度、厨房を見せてもらいませんか? 怪しいものがないと、ちゃんと確認しましょう」
さくらの提案にみなが同意し、ぞろぞろと厨房へ移動することになった。
フロアには、私達三人と被害者カワタが残される。カワタは気分がすぐれないと言って、調査を他のみんなに任せたのだ。
他にいた中年女性達とカップル客は、巻き込まれたくないとでもいうように会計を済ませて帰っていった。
「なんかごめんね。騒がしくしちゃって」
一人になったカワタが私達に謝る。いえ、と私は首を振る。手持ち無沙汰を感じて、存在を忘れていたケーキを一口食べた。
「吉乃ちゃん、動じないね」
「落ち着いたフリしてるだけだよ」
嘘です。私はこの後の展開をだいたい知っているから動じていないのだ。そして気になることがあるので、このまま店にいたい。
記憶通りなら謎解き場面になったとき揉めるんだよね。前世で読んだ小説内では怪我人は出なかったはずだけど、心配なのでちゃんと確認したい。
気になると言えば、もう一つ。
「紫苑、なんで今日ここだったの? 観光地は他にもあるのに、なんでここ?」
「言っただろ。ネットでたまたま見かけたんだ」
「それだけ?」
「そうだよ」
偶然、か。
意味なく彼らが登場するわけがないというファンもいたけど、じゃあなんのためにと言われたら誰も答えを出せなかった。
もしかしてその謎が解けるのかと期待したけど、本当に偶然居合わせただけなのか。
「なあ……君達、別の店でお茶しなおしたら? 落ち着かないだろ?」
カワタはそわそわしながら、また話しかけてきた。
私もまた「大丈夫です」と首を振った。
「それに厨房から皆が戻ってこないと、お会計もできませんから。店員さんも一緒に行っちゃったし」
「でもさ」
カワタは煮え切らない感じで口ごもる。
もしかして、証拠隠滅とかしたいのかな?
だって彼が自分でコーヒーに唐辛子の粉を入れたんだよね。
「もしかして証拠隠滅したいとか思ってますか?」
……私の心の声が漏れたかと思った。
「君、何を」
「店員さんもヤマギシさんも違うとしたら、コーヒーに唐辛子の粉を入れたのはあなたでしょう」
カワタに指摘したのは私じゃない。蘇芳だった。
「言いがかりだ。なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだよ」
「ヤマギシさんを嫌がらせの犯人にするためとか? 犯人の証拠がなくても、疑惑が残ればいい。ヤマギシさんの評判には傷がつくでしょう」
「ち、ちが」
カワタは明らかに狼狽した。
すごい。蘇芳の推理は当たっている。彼は自分より仕事上でいい評価を得たヤマギシを妬み、嫌がらせを企んだのだ。ちょうど自分の恋人がヤマギシを振った直後だったので、動機もあるからうまくいくと踏んだ。
しかし探偵役の高校生が出てきてなんだか大ごとになってしまい、収集の付け方がわからなくなっているのが今。
というのを、私は前世の記憶で知っていた。
消去法的に考えれば、店員でもヤマギシでもなければ被害者のカワタが怪しい。でも自分で自分のコーヒーに唐辛子の粉を入れて「毒だ」と騒ぐ人がいるなんて、なかなか想像できないだろう。
他人のコーヒーに唐辛子の粉を入れる店員や同僚だって、想像しにくいと言われればそれまでだが。
「き、君は俺を犯人にしたいのかよ」
「そう考える人もいるかもしれないって話ですよ」
もしかして、このままだと小説と流れが変わる!?
小説で犯人を当てるのは、さくらだ。蘇芳じゃない。
二年後に起きる殺人事件の展開を変えたい身としては、このままだとどうなるのかがすごく気になってきた。
「けど、俺はやってないぞ!」
「なら、自作自演じゃないってことをもっと必死に訴えたほうがいいかもね」
蘇芳の推理に感心していたら、紫苑が参戦した。
「あんた、最初は毒を盛られたかもって思ったんだよね? 実際には違ったけどさ、それでも落ち着きすぎてるんだ。だから俺もあんたが怪しいと思ってた」
「落ち着きすぎだと?」
「誰かに自分が狙われたりしたらさ、やられる前にやってやれってくらいに取り乱してもおかしくないんだよ」
紫苑の視線が、誰かの頼んだらしいパンケーキの皿に置かれたナイフへと動く。
「……なんてね」
カワタの視線は皿の上のナイフに向けられたままだ。
私もまた、そんなカワタから目を離せなかった。
「か……勝手な想像するなよ。失礼なやつらだな」
「すみません。でもあっちでも自作自演説は出てるかも。俺達が思いついたくらいだから」
蘇芳が厨房のほうを見る。
その動作と言い方があまりに自然すぎて、横で聞いている私も「たしかにありえるかも」と思った。
いや、ありえるかもではなく、本当に自作自演説は出ているんだよね。私はそれを知っている。
厨房を調べていたさくら達は、カワタが自分で唐辛子を入れた可能性に気付き、これから戻ってきてそれを確かめるのだ。
「そんな、俺はどうすれば」
「ちゃんと被害者っぽいところを見せるとか?」
どこか他人事のように紫苑が呟く。
「紫苑くんが被害者だったら、こういうときどうしてた?」
「犯人だと思うやつをどうにかしたい、って考えるかも……想像だけどね」
なんだかこの会話……蘇芳と紫苑でカワタを追いつめていないか?
不安になったとき、厨房からさくら達が帰ってきた。カワタが焦ったように確認する。
「みんな! 何かわかったか!? 犯人は!?」
「カワタさん。すみませんが、あなたの荷物を確認させてもらってもいいですか?」
さくらのその言葉が引き金だった。
カワタは皿の上にあったナイフを手に取って立ち上がると、ヤマギシに向ける。
「カワタさん!?」
「お、お前が俺を殺そうとしたんだろ!?」
「おちつけカワタ!」
「カワタさん、どうしたんですか!」
「こ、殺されかけたんだぞ! 俺は被害者だぞ!? お、落ち着いていられるか!」
ナイフを向けられたヤマギシは、誤解だと言いながら後ずさる。カワタはそれに合わせるように少しずつ前進していった。
私は呆然としてそれを眺めていた。
カワタがナイフを手にしたことには、驚かない。
だって――彼が厨房から戻ってきた人達にナイフを向けるという展開は、自作自演だとばれないようヤマギシを過剰に疑ってみせるのは、
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