10:少しずつ前進したい
結局、私と蘇芳はそのまま婚約者となった。
でも正式には二人が大学生になってからね、ってところで落ち着いた。これは私が頑張った成果だと思う。とにかく今は全然実感がない、そんな中で将来が決められるのは不安だ不安だと繰り返したから。
蘇芳のほうは私の言葉に積極的に同意はせず、気持ちもわからなくないかなみたいな顔で見ていただけだった。
まあ、反論しなかっただけよしとするか。
婚約話については、それ以外に特に変わったことは起こらなかった。家同士の事情とやらを両親に訊いてみたけど、はっきりした答えはもらえなくて、そんなこと心配しなくていいと言われてしまった。
蘇芳ともお見合いの日以外で会ったりすることもなく、夏休みが終わり、新学期が始まる。
将来の殺人事件に備えたいって気持ちは常にあるけれど、学校が始まってしまうとそれ以外のことを考えることも多くなって、新しい行動を起こすことなく日々が過ぎてしまう。
夕飯は相変わらずだ。母はいまだに私の分しかおかずを作らない。
そのことについて母への指摘はできずにいる。紫苑と私の関係はうまく回り始めているが、ここで一気に親達との関係まで改善を狙うのは難しい。どうすればいいかわからないし。
「蘇芳さんがね、あなたの連絡先を知りたいって言ってるみたいなんだけど、教えていいかしら」
「蘇芳くんが? お母さん達が気を回してるわけじゃなくて?」
「そうよ。夏に聞きそびれたのを残念がっているみたい」
今夜は母の外出予定がない日だった。食後になんとなくリビングのソファで雑誌を読んでいたら、夕飯の片づけを終わらせた母が訊いてくる。
紫苑はいない。中学三年生の彼は、部屋で受験勉強中だ。聞いたところ、私の通う私立高校を受ける予定らしい。たしか小説でも吉乃と彼は同じ高校の出身だった。
「あんまり頻繁に連絡してこないなら、いいよ」
「わかったわ、伝えておくわね」
彼との連絡手段がないことはお見合いが終わってすぐに気付いていたのだが、特に行動は起こしていなかった。
仲良くなっておきたいけれど、必要以上に相手に深入りすると藪蛇になりそうで自分から行動を起こしづらかったのだ。
でも相手から要望があったのなら、無理に突っぱねる理由もない。
「あんまり、嬉しそうじゃないのね。かっこよかったでしょう? 仲良くなりたいと思わない?」
「仲悪くなりたくはない、かな」
「それだけ? ……あのね。あなたには、他にもいくつかお見合い話があったのよ」
「そうなの!?」
「でも伊集院さんのところが一番熱心で、あなたのことを大事にしてくれそうだったから、彼を選んだわ」
「へえ……」
もし相手が蘇芳じゃなければ、私の未来も違ったのに。母に言っても仕方ないけど。
「蘇芳さんって女の子に好かれそうなタイプよね。でもご両親によると、全然浮いた話がなくて困っているんですって」
「親が気付いてないだけじゃないの~?」
「お見合いのときに話したけど、一途な子に見えたから安心なさい」
やたら蘇芳を褒めるなあ。なんでだろうと母に視線をやると、思いのほか真剣に私を見ていた。
「ちゃんと、見極めたのよ」
そうか、これ、母は私にした約束を守ったつもりなんだ!
前に、私が政略結婚について尋ねたときのやつだ。紫苑の存在のせいで私が結婚について不安になったと勘違いして、私の相手はちゃんと見極めてあげるって言っていた。
その場の感情で言っただけだったんだろうと忘れていたけど、母なりにあの言葉を意識していたらしい。
「悪い人じゃ、なさそうだった」
「でしょう?」
嬉しそうな母をみると、仕方ないなあって気持ちになった。もし私が蘇芳を気に入らなかったって言ったら、機嫌を悪くしたに違いない。良くも悪くも自分の感情に素直なところがあるんだよね。さすが私の母である。
そのまま蘇芳についてあれこれ言う母に頷いたり、私からも感想を言ったりして、明るい雰囲気のまま会話に区切りがついたとき、急に心臓が止まりそうな質問が来た。
「ところで吉乃さん。私がいない日、台所を使ってるわよね」
このタイミングでいきなり訊く!?
「ああ、ええっと、それは……」
「いいの。わかっているから。料理をしてること」
そりゃ、そうだよね。減っている食材はあるし、洗ったあとの鍋もあるし、すぐにバレるとは思っていた。でも母が何も言わないから、そのままスルーしてくれたら楽だなとか考えていた。
勝手なことしてって怒っているんだろうか。
「吉乃さんは紫苑さんと上手くいっているのね」
「上手くっていうか、普通……くらい」
「そう……」
紫苑と私は示し合わせたわけじゃないけど、両親がいる前ではあまり会話をしない。理由を聞かれると、お互いになんとなくとしか言えない。
だから両親からみたら、互いに興味のない同士のように映ってるかなと思ってた。でもそうか、食事のことがバレてるのなら、母には本当はそれなりに仲良くしてるってわかるか。
「吉乃さんは私のこと、酷い親だって思っているでしょうね」
「ええ? なに、いきなり」
「誤魔化さなくていいのよ」
卑屈に笑う母はらしくないっていうか、普段見ない態度を取られるのは落ち着かなくて不安にさせる。
だからってわけじゃないけど、私は正直に頷いたりしなかった。
「別に。仕方ないところもあるって思うし」
そう言ったら驚いた顔をされた。
「そうかしら。仕方がないことかしら」
「だから問題ない、ってのとは違うけど……」
母のしていることは褒められたことではないけど、一方的に非難することも私にはできなかった。するとしたら……父に対してかな! 今年に入ってから前より仕事が忙しくなって家にいないことが増えたのは、逃げてるんじゃないかと疑っている。
「軽蔑でもされているかと思ったわ」
「しないよ! お母さんだって、いろいろ悩んでるんでしょ」
「そうね……。特に昼間、家に一人でいるといろいろ考えてしまうわ」
「抱え込みすぎないほうがいいよ」
母の話、もっとここで聞くべきかな?
私は雑誌を閉じて話をする体勢をとる。
「吉乃さん、変わったわね。紫苑さんが来たせいなの?」
「えっ、いや、まあ、私もいろいろ考えることがあったっていうか、はは……」
前世らしき記憶が戻りました。その影響で自分のわがまま自己中ぶりなんかを冷静に見れるようになって、反省して心を入れ替えました。
とか言った場合、どのくらい信じてもらえるんだろうか。言う気はないけど。
その後、母は風呂に入ると言ってすぐに話を切り上げてしまった。でもちょっとすっきりした表情をしていたから、少しはいい方向に変わらないかなあって期待する。
次の日の夜は、母は外出していなかったのだけど、おかずはやっぱり一人分だった。でも、いつもより量が多い気がする。
うん、きっと少しは前進したんだ。
蘇芳からは他愛のないメッセージが携帯に届き、適当に私も返信した。
彼とは特に話が盛り上がって続くということもないけど、定期的にやりとりは発生するようになって、まあまあの関係を作っていると思う。「元気?」「普通かな」程度の本当に中身のないやりとりだけど、最低でも週に一回は向こうからご機嫌伺いのメッセージが届く。マメな婚約者だ。
そうしているうちに次の年になり、紫苑は受験に成功し、春になって同じ制服を着るようになった。
――私、順調に死亡する未来を回避しつつあるのでは。
なんて調子に乗ったころだった。
私はまた小説にあった事件に遭遇してしまった。紫苑や蘇芳とともに。
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