04:まだ受け入れられない
「ごちそうさまでした」
私がちょうど食べ終わるのと同じくらいで、紫苑がそう言った。
うん、と頷くと、彼はまだ何か言いたげにしている。
「ごちそうさま」
とりあえず私もそう言うと、立ちあがって自分の使った食器を手にする。
紫苑は座ったまま、なんだか落ち着かない様子だった。
「自分の食器は洗ってね」
そこまでは世話焼かないんで。
とドライに心の中で言ったりしていたら、
「俺が洗うからいいよ」
と、不安そうな声で言われてしまった。
「あなたの食器も置いといていいから」
「え、いいの?」
「いいから」
「あ、そう……」
そっけない返事しちゃったが仕方ない。
食事中に交わした数少ない会話は皮肉を含んだものだったし、作った炒めものにもまずいなんて言われたし、最後にそんな風に気を回されるなんて予想外だったのだ。
食器をシンクに置いてから、洗ってくれるとはいえ少し水ですすいでおくかなあと水を出す。
そうしたら、カウンターごしに明らかに紫苑が嫌そうな顔をしたのが見えたので、すぐ止めた。
洗うって言ったのに無視されたと思ったのかな。
「じゃあ……そういうことで」
どういうことなんだ、と自分に突っ込みつつダイニングを後にし、そのまま自分の部屋に戻った。
洗い物のお礼、言い忘れた。
というか食後のお茶とか淹れて、彼の心のケア的なことに挑戦したほうがよかったのでは。
なんて自室に戻ってから考えたけど遅い。
今からダイニングに戻って……と思ったけど、迷っているうちに彼が自分の部屋に戻るのが聞こえた。
次はお茶を淹れよう。
でも次があるってことは、また紫苑が食事を用意されてない日がくるということだ。
複雑だ。
それから、私は家に帰るのが早くなった。
今日はお母さん遅いんだっけ、じゃあまたおかずが一人分で、私が帰らない限り紫苑は夕飯食べられないよな、と思うと気になって遊ぶ気分になれなかった。
おかずを半分こして適当に作り足すこともあれば、ときどきお惣菜とかファストフードを買って帰った。
ハンバーガーとご飯を半々で、ってしたときは呆れられたけど仕方ないでしょ、食べたかったんだよ。
母に抗議するのはためらわれて、できていない。
元からきついところとか自己中なところはあった母だけど、こんなふうにわかりやすい悪意を表すのを見たことがなかった。闇が深いってやつ? それに怯んでしまったのと、下手に正論ぶつけたら逆に悪化するかもとか考えた。
要は、どうすればいいかわからなくてお手上げです。
親も一人の人間、と気付いてしまった大人な前世の価値観がなければよかったのかな。思うままに両親に文句の一つでもぶつけて、案外それでうまくいったりするのかもしれない。
でも前世の記憶がなければ、たぶん私も一緒になっていじめていたわけで。
あー、難しい。
「学校、どんな感じ?」
「特に問題ありません。この家には迷惑かけませんから」
「今日は何した、とか聞きたいんだけど」
「面白いことは何もありませんでしたね」
「じゃあ、つまんなかったことでいいよ」
「なんだそれ……」
弾まないけど、一応ちょこちょこ食事中の会話は交わしている。
紫苑は皮肉っぽく丁寧語にしてみたり、くだけた口調になったり安定しない。たぶん、私とどういう距離感で付き合おうか迷っているんだろう。
そんな感じで、紫苑のことをちょっとだけ気にかけつつ、その他のことはやっぱり保留にして目を逸らしながら、一か月経ち、私は十六歳になり、そして夏休みになった。
紫苑は自分の部屋に籠っているか、図書館に通っているようだ。父がこっそりお小遣いを渡しているようで、昼食は外で済ましているみたい。
夜は相変わらずだ。
母がいれば三人で黙々と食事。母がいなければ、おかずをわけあって弾まない会話をしながら食事。
紫苑と交流するうち、私はそろそろ本格的に「この世界は前世で読んだ小説の世界であるらしい」ことについて考えなくてはいけないと思い始めていた。
ずっと逃げていたかったけど、無理だろうしね。
そう、前向きな考えを持ち始めたころ。
母と父が揃った、本当に珍しい夕飯どきだった。
どこか改まった態度で母が切り出した。
「今度の週末、旅行に行きます。二人とも準備をしておくようにね」
「なかなか趣のある老舗の旅館だ。海の近くだから、浜辺で遊びたければ水着も持っていくといい」
「え、四人で?」
思わず確認してしまう。
途端に母の声が少し冷たくなった。
「ええ……一応、家族でってことですから」
この嫌みは、父と紫苑に向けてのものかな。
私の問いを「紫苑も一緒なの?」っていう不満だと受け取ったんだ。
私としては「こんな不仲な四人で行くんだ……」みたいな感想だった。まあ、これまでの私だったら母の受け取り方で正解だ。言い訳できません。
紫苑は気配を消して無反応。父は面倒そうな顔をしただけで母の言葉は無視した。
そしてとんでもないことを言った。
「実は吉乃にお見合い話が来てる。その顔合わせも兼ねてるんだよ」
一瞬、息が詰まった。
そうか。例のサイコパス婚約者がもう登場するのか。
本格的に、私は「自分が小説の世界に生まれ変わったらしい」という事実と向き合わなくてはいけないらしい。
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