03:まだ疑ってる
そもそも、この世界は本当に『きらめき三人組』の世界なのか?
たまたま、偶然、腹違いの弟の名前が、綾小路紫苑なだけなのでは?
だから私は死なないのでは?
現実逃避気味に、そんなふうに考えているほうが楽だ。
記憶が戻ってから二日後、ふと大事なことを確認していなかったことに気付き、リビングでくつろいでいた母に確認してみる。
「お母さん、西園寺の叔母さんのとこの子供ってなんて名前だったかな」
「蒼子さんの? たしか……」
西園寺蒼子は母の妹だ。あんまり気が合わないみたいで、うちとは疎遠。
何度か会ったことがあるけれど、その当時の私もあんまり好きになれなかった。
そしてわがまま傲慢自己中少女だった私は、気に入らない従妹の名前なんておぼえていない。
「さくら、よ」
西園寺さくら。
『きらめき三人組』主人公の名前だ。
でも、でも、まだ二人、名前が一致しただけ。
もしかしたら、この世界は夢って可能性はない?
前世だと思い込んでいる私が、事故で昏睡状態になって見ている夢。
だって、前世でフィクションとして楽しんだ世界に自分がいて、そういやいたよね、くらいの印象の殺人事件の被害者キャラになっている。
蘇ってきた別の人生らしき記憶を前世だと受け入れるまではいい。でもあと数年で死ぬ運命だというのをすんなり受け入れるのは無理だ。気のせい、とか、夢だ、とか逃避するほうが楽だった。
……もし、万が一この世界が本の中と同じだったからって、なんなんだ。
三年後くらいに貰う古城ホテルのプレオープンの招待状さえ無視しちゃえば、私は死なない。
うん、それでいい。はい、終了。
という具合に、私は前世の記憶のことを深く考えないことにした。
そして三ヶ月が過ぎた。
あのあとすぐ高校に入って忙しくなって、そういうもののせいにして考えることを放棄していた。
もちろん無視できなかったこともあって、これまでのわがまま自己中な自分のことは急に恥ずかしくなってしまった。どうしてあんなに、自信満々に好きにふるまえていたんだろう。思い返すと苦しい。今から心を入れ替えるので許してください。
でも他のことは……複雑な家庭状況も転生どうこうも、なるようにしかなんないね、きっと。
そんな風に逃げてたからソレに気付くのが遅れた。まずかったなって思う。
「ねえ、夕飯食べた?」
「あ、うん……」
「いつ?」
紫苑が視線を泳がせる。
今日、私は珍しく学校からまっすぐ帰ってきた。
家にいると息がつまる。高校に入ってからは、何でもいいから理由をつけて遅くに帰るようになっていた。大抵、友達と遊んでた。
母も何も言ってこなかった。
それどころか、彼女も習い事や友人との集まりとかなんだかで、夜に家を空けることが多くなった。
そんな日は、夕飯のおかずがお皿に盛られてラップされて準備してある。汁物もお椀に装ってあって、ぜんぶレンジで温めて終わり。
父の帰りはもともと遅くて夕飯は外で食べてくる。
中学生の紫苑は私より帰宅が早くて、いつも先に食事を済ませていた。
そう思っていた。
「いつ食べる時間があった?」
「俺の方が先に帰ってきたから」
「三十分くらいだよね? その間に食べて洗い物して片づけまでしたってこと?」
「食べるの、早いんだ」
嘘だ。
母は、私の夕飯しか準備せずに出かけたのだ。
台所には手つかずの食事が一人分だけ用意されていた。シンクはきれいで、食器を洗った形跡はなかった。
「……とにかく下に降りてきて。夕飯食べるよ」
紫苑の部屋の入口に立っていた私は、それだけ告げて去ろうとし――。
もう一度部屋をのぞいて言い直した。
「夕飯、食べよう」
いつからだったんだろう。
食事抜きなんて、わかりやすい嫌がらせを母が始めたの。
気付かず放置していた自分にもへこむ。
夕飯は、一人分のおかずを全部きれいに半分こした。
それだけじゃ足りないから、冷凍してあるご飯をあたためたり、冷蔵庫の中のものを適当にごちゃまぜで炒めて出した。
会話はない。
紫苑が来た日から、この家の空気はどんどん重くなっている。
笑って毎日を過ごしていた日々が懐かしい……。
遠い目をして考えかけたけど、前からこの家はおかしかったなと思い直す。
母と父はぶっちゃけわかりやすく不仲というか、表面上は問題ないけど、互いに対して明らかに一線引いたところがある。
娘の私も二人と家族だんらん、なんてした記憶はないし。
嫌われてはないけど、愛情注がれてますって実感もない。
綾小路家は、紫苑が来る前からあんまりうまくいってなかったんだよね。彼の登場でそれが明らかになってきただけ。
前世では家族仲が良かったことを覚えている。
両親や妹と、ご飯食べながら他愛もない話をして笑い合って。
なのに私は、前世の家族の名前も顔も思い出せない。
あー、考えてるとどんどん気分が暗くなる。
「気にせず、いっぱい食べなよ」
「俺、そんなに食べてないように見えます?」
紫苑の目は冷めきっていて、皮肉げな声だった。
……無理もないか。
ただの十五歳の私ならイラついたかもしれないけど、前世で大人の私が持っていた考え方や価値観も融合した今は、ある程度の余裕がある。
「いや、なんていうか育ち盛りでしょ」
「ふーん。綾小路の家の子がちゃんと食べてない、なんて噂が立ったら困るのかなって思いました」
こばかにしたように紫苑が言う。丁寧語なのが、もう明らかにこちらを煽っている。
しかし今の私には、その程度ではきかないのだ。
「この炒め物……まず」
煽られないからね!
てかね、わざわざまずいって言うくらいなら、完食しないでくれますかね!?
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