第503話 保護者は旅する子を支援したい




――――――王都ア・ルシャラヴェーラの王宮。



「…………」

 リュッグは手紙を一通り読み終えると、深く安堵の息をついた。




「お手紙はシャルーア様からですか?」

 お腹の膨らみが顕著になりはじめたヴァリアスフローラが、身体に触らぬようゆるりと歩みながら寄って来る。

 そろそろ仕事もせずに安静にすべき時期に入っている彼女だが、今でも後宮のあれこれを仕切り、仕事をこなし続けていた。


「ああ。アイアオネに無事、到着したまでは良かったが、そこでひと悶着あったらしい。だがそれも解決し、リーファさんルイファーン、マンハタ、ハヌラトムら3人も無事だそうだ」

 娘の心配をしているだろうと思い、ルイファーンの無事も伝えたリュッグだが、ヴァリアスフローラの表情は仕事モードのままだった。



「アイアオネで、何が起こりましたの?」

 彼女の興味は娘の安否よりも現地での出来ごとに寄っている。

 ルイファーンの心配をしていないわけではないだろうが、後宮の教育係の枠を越えて仕事を担っている昨今、彼女は仕事モードを持続させていた。


「……一言でいえば、とてつもないこと、だな。驚かれないように心して聞いてくれ」

 腹にさわってはいけないので、あえてワンクッション挟む。

 リュッグの気遣いに一瞬嬉しそうな表情を滲ませた彼女だが、すぐさま引き締めなおし、軽く頷き返した。


「アイアオネの町が、バケモノに強襲されたそうだ。町の北半分が吹っ飛ばされ、死傷者も多数でている。加えてその後、バケモノ率いるヨゥイの群れと町をあげての戦闘の後、シャルーア達が首魁と思われるバケモノを倒し、今は復興に力を注いでるらしい」

「町が半壊……ですか……」

 さすがにヴァリアスフローラは絶句し、辛うじてそれだけを述べるので精一杯になる。

 さとい者であれば、町半分がフッ飛ばされるという事は、災害級である事を即座に理解できる。バケモノと形容されてはいるが、文字通りに単なる魔物だヨゥイだの域にとどまらない敵に攻撃された、ということになる。


 そもそも町という規模は決して小さなものではない。これを破壊するにはいかに強力な魔物だろうとも、そう簡単な話ではない。

 住人が黙って見ているわけはないし、町側が無抵抗に破壊を受け入れるわけもなし。そんな抵抗を受けながら町半分を吹っ飛ばすなど、少なくとも彼女の知識上にそれができるであろう魔物は存在していない。



「ファルメジア王にも話さなければならない案件だな、コレは。ついでに言うと、アイアオネ町長の名でも一緒に手紙が届いていて、それによればスタンピードを抑えている軍の北側が押されているようで、被害地域が拡大してもいるようだ」

「……陛下の頭を悩ませる日は、今しばらくは続きそうですね」

 今でこそ、待望の子宝という吉報によって老体にムチ打って張り切って頑張っているファルメジア王だが、国難がのしかかり続けている以上、なかなかその精神は休まる時を得ないだろう。


 とはいえ、それが一国の王たる者の宿命でもある。

 平時も有事も国家の責任を背負っていくからこそ、最高権力者たる王様という存在は許されるのだから。


「ともあれ、北は不穏が続きそうだ。もしかしたらシャルーア達もまだ帰っては来れないかもしれん」

 そう言ってリュッグは手紙をヴァリアスフローラに預け、歩きだした。


「リュッグ様、どちらへ?」

「遠くにあろうともやれる事はやっておく。その手はずをつけてくる。手紙と今の話の方は、ファルメジア王に伝えておいてくれ」

 王宮を出ていくリュッグ。




 正直なところ、心配は強いが不安はあまりない。

 シャルーアにアムトゥラミュクムの力があるから、という事もあるが、あの娘なら何となくどうにかしてしまいそうな気がして、不思議と嫌な予感などはしなかった。


「……とはいえ、何もしないのではな」

 手紙によればザムと再会し、行動を共にしているらしいので、ハヌラトムやマンハタと共にストッパーになってくれるだろうから、世の常識から逸脱した行動をとる危惧はない。ただしそれは、あくまで平時の話だ。フラフラと怪しい路地裏に引き込まれるとかそういった問題は起こらないという安心。


 だが手紙の通り、北がかなり荒れているのであれば、そこに巻き込まれていき、難儀な戦闘なども回避できなくなっていくことだろう。


「(問題は、誰に・・話をつけるか、だな)」

 理想はタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たちに手紙を飛ばし、シャルーアの手助けに行ってもらうことだろう。これ以上ない助っ人はどんな危険も打ち払ってくれるに違いない。


「(タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たちは今、自分たちの村を建設しているはずだ。半端な建設途上の状態で放り出して留守にさせるのは、あまりよろしくないな……)」

 野のヨゥイの中には廃墟や建造物に住み着こうとするモノがそこそこいる。

 仮にそんなヨゥイが現れ、住み着いたとしても彼らならば問題にならないだろうが、彼らが帰って来るまでにそこから周囲の治安に悪影響を及ぼす可能性が高い。


 なので彼らは村を完成させ、誰もいない状態にならないようにするまでは実質、住処のオアシス周辺から動いてもらうのはよろしくない。



「(エル・ゲジャレーヴァも復興の途上だ、それにアイアオネまでは距離もある……)」

 話を通せばグラヴァースは兵力を割いてくれ、ナーあたりが向かってくれるだろう。

 だがエル・ゲジャレーヴァも先の乱からの復興に今は大忙しだ。ムーに子供も生まれた以上は、ナーを遠出させてしまうのも気が引ける。


「(と、なるとワッディ・クィルスのオキューヌ殿を頼るか? あそこからならまだ街道を北上していけばいい分、多少は―――……いや、難しいか)」

 東隣の大国ジウ=メッジーサが版図拡大の野心を見せて久しい。

 城塞都市ワッディ・クィルスを中心としたオキューヌ以下方面軍は、いつ起こるとも知れない戦争に備えなくてはならない軍だ。

 少数でもそうそう兵力を割ける余裕はない。それが出来るのなら北西のスタンピード鎮圧にもっと兵力を派遣している。


 中央から少数の新兵を補充として送るのがやっとなこの国の軍事事情を考えると、オキューヌ自身は快諾してくれそうではあるが、少々頼み辛い。




 なかなかまとまらない考えのまま、リュッグは王都の傭兵ギルド前に到着し、その扉をくぐろうとした―――その時


「あれー、確かオジサンはいつかの時の人っスよねー?」

 女性から声をかけられた。



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