第502話 戦いの痕は更なる多忙を呼ぶ




 ともあれ、アイアオネを脅かしたバケモノと魔物達は討伐された。平穏無事な日々を取り戻すべく、町の人々は一丸となって、復興に取り組む。


 その意味ではトボラージャが当時不在だったのは幸いかもしれない。もしバケモノ襲撃時に居合わせ、死傷していたら復興の音頭おんどを取れる人間がおらず、簡単には進まなかっただろう。なにせ―――



「先生! オポースさんの傷が化膿しています!」

「ユークルさんの輸血は!? 新しいのに取替えて!」

「アッルーペぺさんに解熱剤を! ジョウシーくんの包帯も忘れずに!」


 治療院にはバケモノ討伐後、統制を失った白亜のヨゥイ集団との激しい乱闘で傷ついた町の男達が溢れんばかりに運び込まれ、医療スタッフ総出で忙しく駆けずり回っている。


 つまり町の復興にたずさわれる男手が、今のアイアオネには不足しているということでもある。

 こうなると復興の指揮を執る者には相応の気力&労力が必要になる。残された労働リソースを上手く振り分け、効率を最大限にしつつも貴重な労働力が疲弊しきってしまわないように計らわなくてはならない。

 その意味で町長のトボラージャが負傷なく健在であったことは本当に幸いだったと言えるが、いまごろは多忙を極めていることだろう。


 事実、トボラージャは最初にシャルーア達のお見舞いに来て以降は大忙しのようで、一度も顔を見せに来なかった。





 2日後。安静にすることで動き回れる程度には回復したシャルーアは、とある病室を訪れていた。


「おー、シャルーアちゃんじゃないか。久しぶりだな、鉱山の件以来だ。なんでも町をあのバケモンから救ってくれたんだって? 話は聞いてるぜ」

 車椅子に座る、両脚のない男性―――アッサージがそこにいた。

  (※鉱山の件は、第四章:生命の石と情熱の刃金あたり参照)


 彼の介護についている二人のゴロツキが、知りうる限りの丁寧な態度でぎこちなく訪ねてきたシャルーアに対応しようとするさまを面白そうに笑っている。


「……申し訳ございません、アッサージさん。あと少し早ければお脚の方も―――」

「そーゆーのは抜きにしようぜ。そもそもシャルーアちゃんがいなけりゃとっくに墓の下だったんだ。むしろ脚だけで済んだってだけでも奇跡すぎるってもんよ」

 そう、アッサージはあのバケモノが最初に襲撃してきた際に対峙し、一撃のもとに殴り割られ、即死したはずだった。


 実際に彼を慕うアイアオネのならず者たちが、その身体を回収した時には完全に死んでいたと言っていい。


 シャルーア達が到着したのもアッサージが死んでから少し時間が経過しており、残念ながらいかにシャルーアとて終わった命をよみがえらせる事など出来ない―――はずだった。


「アッサージさんが一瞬、微かに息を吹き返されたからこそ、何とかなりました。大変な生命力をお持ちだと思います」

 町がバケモノの再襲来に備える中、アッサージの死亡を聞き、短いとはいえしばし行動を共にしたことのある知己の、せめて冥福を祈るべくシャルーア達が彼の遺体と対面したその時、アッサージの心臓は1拍だけ本当にか弱く脈打った。


 その本当に小さな命の脈動を、シャルーアだけが捉え、そして急いで処置を施した。

 太陽の、生命力に満ちたエネルギーが注ぎ込まれ、その奇跡的な鼓動を後押しし、全身を覆ったエネルギーが、アッサージの命のともしびを点火させた。


 そこからは医者の出番。

 アイアオネの医師が総出で、泣き別れになった上半身と下半身を何とか繋げ、シャルーアがエネルギーを注ぎこんで壊れ始めていた細胞を復活させていった―――しかし奇跡は完全を許さず、心臓よりもっとも遠い両脚の細胞は、壊死が一番進んでいて復活不可能。

 結果としてアッサージは蘇ったものの、両脚は切断せざるを得なかった。



「ま、普段からたくましく生きてっからなー。陰に潜む野郎はしぶといってのはお約束だぜ、ハハッ」

 そうはいってもシャルーアがいたからこそだ。もし不思議な力を使える彼女がいなかったなら、アッサージは本当に今頃は墓の下だっただろう。


「……運が良かったってやつだな、この命拾いは。脚についちゃあその代償を支払ったって思えばどうってことねぇから、シャルーアちゃんは一切気にする必要はないんだぜ? むしろこっちから何かたっぷりお礼をしなきゃあいけねぇくれぇなんだからよ」

 幸いというべきか、このアイアオネは様々なスペシャリストが隠れ住んでいた町だ。

 町の北半分に彼らは暮らしていただけに、犠牲になった者も少なくないが、アッサージの知己に精巧な義足を作れる腕のいい技巧職人が無事だったという。



「完全に元通りとはいかねーにしろ、死んででっかいマイナスになるよりかは思いっきりマシだからな。へっへ」

 そういってはにかむアッサージにつられるようにして、彼の介護付きの二人のゴロツキも笑う。


 本当に強い人たち―――シャルーアもつられて、無意識に微笑を浮かべていた。

 


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