第504話 中年傭兵を狙うキャッツアイ



 傭兵ギルドに入ろうとして声をかけてきた小柄な女性に、リュッグは覚えがあった。


「キミは……オーヴュルメス、と言ったかな? 確かカッジーラ一味の潜伏先を突き止める際に手柄をあげた子だな?」

 (※「第426話 飄々たる破廉恥が情報をお持ち帰り」あたり参照)


「そうっスよー。覚えていてくれて良かったっス。リュッグさん」

 そう言ってニコニコしながらリュッグの近くに寄ってきた。

 子供っぽい仕草ながら、そのボンキュッボンなダイナマイトボディは、道行く男達が思わず見てしまうほどの色香を放っている。




「(装いは一応旅装束だが、ホットパンツにシャツ一枚とキャップ帽のみとは……薄いな、かなり。むしろ自分の色を意図的に武器にしているタイプか)」

 以前会話を交わした時は慌ただしい中だったこともあって、さほど気に留めていなかったが、その装いや荷物の少なさからどういった生き方をしているかはだいたい見えて来る。


 この王都に住んでいる者ではない。が、旅人にしては軽装過ぎる。つまり―――


「……、リュッグさーん、どこ見てるっスかー? そんなにウチのカラダ、気になりますー?」

「ああ、そんな軽装で旅ができるのか不思議でな」

 リュッグは、オーヴュルメスの上目遣いで自慢の胸を持ち上げ強調してくるのにも動じず、淡泊にサラリと流す。


「(―――やはり、寄生する類の旅人か?)」

 旅の仕方は人それぞれだが、ヨゥイが蔓延る昨今では必ず必要になるモノがある。もちろん戦う力だ。武器であったり鍛えた己の身体能力であったりと、脅威に対処するための何かしらは必須。


 しかしオーヴュルメスは荷物に武器らしいものはなく、しかも超軽装だ。それでいて身体に見た目以上の筋力を成す筋肉は見当たらず、肌の表は柔肌そのもの。態度や仕草に何らかの武術を修得している形跡は感じられない―――完全に一般の素人小娘でしかない。


 そんな彼女が今の世の中を旅してまわるとなれば、その方法はただ一つ。


「反応がイマイチっスねー。何ならあつーい夜を一緒にしてあげてもいいのにー。ウチ、リュッグさん相手なら毎晩でもいいっスよー?」

「(やはり、自分の優れた色香ある身体で男をかどわかして護衛を得る、か)」

 まるで物怖じせず、以前に少々会話を交わしたことがあるというだけの中年男性の腕に抱き着き、やはりその立派な胸を押し付けてくる。


 オーヴュルメスはこうして旅人としてやってきたのだと、リュッグは確信を抱く。だが、それには少しばかり疑問もあった。


「……」

「? どーしたっスかー、急にあたりを見回したりして??」

「いや……」

「あー、もしかして世間の目を気にするっていうやつっス? 大丈夫っスよー、そんなの気にしなくてもー。ほらほら、ギルドに用事があったんスよね? ウチもっス。一緒に行きましょーよ」

 腕に抱き着いたまま引っ張る彼女と共に傭兵ギルドへと入る。


 リュッグが気になったのは、もしオーヴュルメスに対する自分の考えが正しいとした場合、なら今まで引っかけてきた男はどうしたのか、だ。

 あるいは周囲に潜んでオーヴュルメスを仕向け、美人局つつもたせのような真似をけしかけてきた可能性も考えた。しかし見える範囲にそれらしい男は見当たらない。


「(……なるほど、俺は新しく調達する護衛役、といったところか)」

 前に連れていた男はヨゥイにやられ、次の旅のお供になる者を探していたのであれば、彼女が自分に言い寄って来たこの状況は合点がいく。


 だがリュッグは知らない。

 オーヴュルメスには最強の相棒が常に彼女についていることを。





――――――その半日後。王都近郊の砂漠地帯。


 夕日が砂を染める中、建てられた一組のテントの中で、オーヴュルメスはかいた汗をぬぐいながらくつろいでいた。


「いやー、やっぱリュッグさんは男としては大当たりだったっスねぇ。こっちの仕事まで手伝ってくれるし、気遣いもバッチリで大助かりっスね、バイ君」

『ブルルル』

 バイコーンが彼女の影から頭だけ出してオーヴュルメスと会話するように鼻息を吹く。その声色から、相棒もリュッグの人柄は気に入っていることが伺えた。


「バイ君もリュッグさんはいー感じだと思うっスかー?」

『ヒヒン』

「ですよねー。バイ君が人間の、しかも男で気に入るのがいるとか、奇跡みたいなもんっスもんねー」

 バイコーンは不浄の象徴とも言われる伝説級の魔獣だ。ダークサイド側の神獣と言ってもいい。

 基本、人間など取るに足らない生き物であり、オーヴュルメスでさえもいかに気に入られているとはいえ、こうして相棒になってくれている事は奇跡だと言える。


 そんなバイコーンがリュッグを “ 見どころある奴 ” と認めているのは、それなりに一緒に行動してきたオーヴュルメスも驚愕ものだった。



「……だったら、やっぱ堕としてみるっスかねー。リュッグさん相手ならバイ君も不満はないっスよね?」

『ブフー……』

 まったくないわけではないが、他の有象無象の男の相手をするのであれば遥かにマシだという意志が伝わってくる。

 最上はバイコーンだけがオーヴュルメスを独り占めしたいところだろう。


 しかし人間社会に溶け込んで行動する上で、オーヴュルメスに他者との繋がりは欠かせない部分だと、バイコーンも理解している。


「なら決まりっスね。せっかくのチャンスですし……何より結局あの路地裏の占い師を押し倒しきれなかったっスから、ウチもちょい欲求不満だったっスよ」

 (※「第457話 路地裏の万年色情猫」参照)


 リュッグは今、オーヴュルメスをテントで休ませ、ギルドで請け負った仕事であるマークライスサンドというこの辺りで採取できる砂を掘って袋に詰めている。

 日中だとただの砂と変わらず、見分けがつかないが、夕日に照らされると軽く輝きを見せて区別がつくので、実質この時間にしか採取できない。


 そして王都が見える距離とはいえ、夜に砂漠を行くのは危険なので、砂の採取を終えても今日は野宿が決定している。




「フッフッフー、がなるっス。明日の朝日が昇るまでに、ウチにメロメロにしてみせるっスよ、楽しみっス♪」

 色香の猫と影の馬が勝利を確信するように含み笑う。


 オーヴュルメスは舌なめずりして夜の訪れを待ち望んだ。

 


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