第493話 月の輝きを借りて




 アイアオネの町中、シャルーアはある場所に向かって走っていた。胸に半分埋めるように抱きかかえた宝剣を持って。


「はぁ、はぁ、はぁ……急ぎませんと……」





 大振りの剣を抱えて走っているためか、誰もかれもが武器を運んでいるのだろうと思って、褐色の美少女をさほど気にはかけない。

 何より今はそんなことを言っている場合ではなく、町の誰もがそれぞれに魔物の再襲来に対する準備や行動で忙しかった。


 おかげでシャルーアは、スムーズに町の中心位置まで来る事ができた。



「……間違いありません、この町の流れ・・はここに集中していますね」

 乱れた息。剣を抱きしめる力を強めて上下する胸をおさえつけ、早く呼吸を整えようと努める。


 大通りの中心に、今は水の止まっている小さな噴水があった。バケモノが北の区画を吹き飛ばした余波を受けたらしく、あちこちにヒビが走っている。



「ええと、確か……」

 息を整え終えたシャルーアは、噴水の中に入る。そしてキョロキョロと見回し、噴水の、水の溜まっている部分の形状を確かめた。


「(町のエネルギーヴェイン……そして、真円の水たまり……―――本当は私では上手く出来ないでしょうし、月明かりの夜が望ましいのですが……)」

 最高の条件ではないとはいえ、そんな事を言っている場合ではない。

 シャルーアは迷わず、鞘に納めたままの宝剣を振って真ん中の小さな水の放出口を破壊すると、ゆっくりと宝剣を鞘から抜き取った。


「大きい……ですが……。んしょ、よい、しょ……っ」

 身体全体で柄を抱くようにして、切っ先を下にしながら噴水の中心部に持っていく。


 そして―――


「はぁ、はぁ……はぁ……、ミナツキノミタマノハドウ、チノウツシカガミニテウケトリタマワリテハ、ウツワノツルギギョクニテ、ココニスイアゲン」

 魂の学び舎で見た、かつての儀式を頼りに文言を唱え、剣を噴水中央に突き刺した。


「(……。やはり弱いですが……、……何とか集めて……)」

 水面の煌めきが、中央に向かって吸い寄せられるというあり得ない動きを見せる。宝剣の宝玉が、薄っすらと少しずつ光を内包しはじめ、その光はジワジワと強くなっていった。


「……~~~っ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」

 宝剣に抱きかかるようにして身体を預けると、まるで窒息寸前まで水中にでも潜っていたかのように激しく息をつくシャルーア。


 噴水の水面の煌めきは元に戻っていたが、どことなく前とは違う輝きだった。






――――――同時刻、ファルマズィ=ヴァ=ハール南方のとある街道上。


「―――……!」

 金髪ツインテールの白肌の少女が、明らかに身体をビクリと、何かに反応するかのように揺れ動かした。


「? サファ様、どうかなされましたか?」

「……何でもないわ。気にしないでちょうだい」

 馬車で隣町での買い物を終えて帰路についていたミシャームは、馬車の窓越しに空を見上げた。


「(生意気。太陽のクセに、月の力を扱おうっての? どーなるか分かってんのかしらね……?)」




  ・


  ・


  ・


 シャルーアは宝剣を鞘に戻して再び抱えあげ、フラフラと噴水から出る。


 元よりこのアイアオネは暑く乾燥している気候で、多少濡れたところですぐに乾く地域だが、全身から噴き出す汗があるのか、シャルーアの身体と服はいつまでも乾く様子はない。


「ふぅ、ふぅ……これで、後は……」

 無理は承知の上でやったとはいえ、やはり実際に負担が大きく、足元がおぼつかない。


 だが宝剣を杖代わりにしながら、シャルーアはアイアオネ西の出口へと急いだ。






―――その頃、アイアオネ西の出口付近では、バケモノ達に対抗すべく、町の有志の男達が、出撃準備を整えていた。


「みなさーん、綱を腕の両脇を通して腰にまわし、結んでくださーい」

 女性達が彼らに編んだ綱を順次渡しては、シャルーアから教わった身に着け方をレクチャーしていく。


「一体なんなんだい、この綱は??」

「戦いの役に立つようには思えないが……」

「防具をしっかりと止めておくってわけでもなさそうだな」

 男達は皆、半身半疑だ。とはいえ細手の綱は別に邪魔になるものでもない。

 それに結び終わるとなんだかグッと気持ちが引き締まるような気がしていた。


「私達にもよくわからないんですが……でも、戦いに行く方は、絶対にコレを身に着けておかないといけないんだそうです」

 女性たちも編みはしたものの、結局コレが何なのかは教えてもらっていない。

 敵がすでに来ていて、町からそう遠くないところで戦闘が始まっているという緊急的な状況下だったので、とにかく指示通りにしているだけ。



 そこへ、その指示をした本人がやってきた。


「ふぅ……、皆さん、綱は編み終わったようですね」

「あ、シャルーアさん。はい、全部編み終わりました。指示通りに皆さんにお配りしていますが、これでいいのでしょうか?」

 そう言って女性は、手近にいた綱を結び終えた男の一人を示す。男も良く分からないがとりあえず両腕をあげてグッと力を込めるようにポージングした。


「はい、大丈夫です。キチンと結べています」

「なぁ……結局コレって何なんだい??」

 女性たちの会話から、シャルーアがこの綱を用意することを支持した張本人と察した男が疑問を投げかけてくる。


 それに対してシャルーアは一言、簡潔に答えた。


「今ご用意できる中で、攻めてきているお相手にもっとも最適な防具です」



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