第494話 劣勢の戦場に向かい風は吹き荒れる
ザシュッ
「ぬうっ、一体何だというのです。ただ掠めただけだというのにこのヒリつくような感覚は……??」
クルコシアスは、かなり慎重になっていた。
マンハタが振るう二刀―――何の変哲もないシミターだ。
しかしその刃が掠った部分が、火傷でもしたかのようにヒリヒリする事に気付いたのは、つい数秒前のこと。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……へへ、どうした? 何をそんなに怖がってやがる? こちとら虫の息だぜ??」
もはや満身創痍。全身出血がない場所はなく、右足はおそらく骨にヒビが入っている。腫れあがった右頬と左まぶたで顔が歪み、視界も悪い。
だが、それでもマンハタは不敵に微笑む。死が近いというのに、怖れを微塵も感じていない雰囲気を全身で
「……フンッ、不気味な。まぁよく粘り戦い抜きましたよ、何を企んでいるのかは知りませんが―――」
クルコシアスの姿が消える。僅かに遅れて足元の砂が舞い上がった。
それは人の目には捉えられないスピード……マンハタは当てずっぽうでシミターを大きく振ることで対応してきたが、それももう限界だった。
ゴギャッ!!
「ぐぁあッ!!!」
クルコシアスは、マンハタが大きく横薙ぎに振るった二刀流のシミターの、そのさらに大外を回り込んでいた。
そして彼の左脚を完全に折った。
「……これでもう立っていることもできない。殺すのは簡単ですが……このヒリつく感覚の正体を探らねばいけませんからね。町を消し去る間、そこで這いつくばっていてもらいますよ」
「ぐ、ぐ……テメェ……ッ」
クルコシアス達に押され、マンハタ達はすでにアイアオネの町の近郊まで戦いながら後退している。
目のいい者なら町の外壁から戦況が分かる距離だ。
「くっ、マンハタ殿ッ!」
ハヌラトムが叫ぶが、彼も彼で白亜の魔物に両手を塞がれている。
既にゴロツキ達は200人近くが砂漠の上に転がっており、対する白亜の魔物は10体しか減らせていない。
悔しいことだがマンハタとハヌラトム、そして500人のゴロツキ達はその戦力をほぼ半減させながら、クルコシアスらをほとんど削れなかった。
「さて、残りの雑魚は半分程度に任せておいても良さそうだ。私はあの町の破壊に―――おや?」
アイアオネの町から集団が出てくる。
各々に武器を持って軽装ながら防具を身に着け、綱を身に締めた男達。
その先頭に、彼女はいた。
「(シャルーア様っ)」
マンハタは、穴があったら入りたい気持ちだった。
予定通りではあるが、マンハタ達は予定通りとは言い難い。本当ならせめて敵の半分以上は倒しておきたかったからだ。
そんな風には指示を受けてはいないが、そのくらいしなければ自称下僕として面目が立たない。
だがそんなマンハタの悔しさよりも、遠目ながらマンハタがまだ生きていることに、シャルーアは安堵しているような表情を浮かべていた。
「町を守るため、町の男どもが勇んで出陣、というところでしょうか? ククク、陳腐な努力だ」
クルコシアスの
普段、荒くれた生活に身を置くゴロツキ達でさえ大劣勢を強いられるような敵だ。マンハタやハヌラトムも苦戦し、殺されかけているほどの。
そんな敵に対し、普段なんの訓練をしているかというような平凡な町人が、一体どんな戦力になるというのか。
数こそ1000人近くいるように見えるが、その実質的な戦力はおそらくゴロツキ100人にも満たないだろう。
しかしマンハタは知っている。
「フフ、どうやらターゲットの女もいるようだ……探す手間も逃がしてしまう愚もなくなったというものです、ありがたいことですねぇ」
するとクルコシアスは、右腕を手前にあげて軽く力を込める。
禍々しい淡い光が腕から滲み出てきて、覆うように満たされ―――
「もはや、これ以上の面倒は不要! すぐにも背後の町もろとも消し飛ばして差し上げましょう!!」
目の前の空気をかき分けるかのように腕を振るった!
直後、禍々しい光が突風のように放射され、扇状に広がりながらアイアオネの町に向かって
ブワァアアオオオッ!!!
猛烈に砂を巻き上げながら、荒れ狂う風が我先にと獲物を求めて飛んでいく様は、まるで凶暴な生き物のよう。
「(! な、なんだありゃあ!? ぐうっ!)」
異質だが、似たようなエネルギーに思えたマンハタは、シャルーアのエネルギーを注いでもらった手の平を見ようとしたが、猛烈な烈風にさらされ、たまらず両腕で自分の顔面を覆う。
おそらくこれが、アイアオネの町の北半分をぶっ飛ばした攻撃なのだろう。
10秒と数えないうちに烈風は消え、辺りは静かになる。
その静寂を最初に破ったのは、意外にもクルコシアスだった。
「な……に……? どういうことです、これはっ!?」
一瞬唖然とし、そして憤慨混じりに驚愕しているバケモノの足元で、マンハタも恐る恐るアイアオネの町の方を見た。
するとそこには、あの猛烈な攻撃を受けたはずのシャルーアと町の男達、そしてアイアオネの外壁は、何ら変わることなくそこに健在していた。
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