第492話 黒を圧倒する白



――――――アイアオネの町から1km地点。


『オォォオオン……』

 低く唸り声をあげる白亜の亜人が、ハヌラトムに向かって腕を振り落とす。


ドオッ!!


「ぐ! ……なんという重い一撃……、だがっ」

 ハヌラトムの鎧込みの重量でもってしても砂に軽く沈み込む足元。

 どれだけのパワーがその一振りに宿っているかが、周囲の目から見ても分かる。


「おっさん!」

「ハヌラトム!」

「野郎っ」

 近くにいたゴロツキの数人が加勢に入ろうとする。

 しかしハヌラトムはそれを断った。


「くるな! こちらは大丈夫、それより目の前に集中を!!」

 頭数では勝っているが、白い魔物たちは1体1体が並み以上の強さをもっている。

 ハヌラトムの指揮の下、ゴロツキ達500名は上手く組を作り、数を活かしてこれらの魔物に当たっていたが、苦戦の色がにじんでいた。





「フフ、数でどうにかなるものでもないと、分かっていそうなものですがね?」

 白い亜人達の長、件のバケモノ―――クルコシアスは、マンハタと対峙しながらも余裕の態度で戦況全体をうかがっていた。


「ハッ、そーゆー問題じゃあねぇよ。戦力で負けてよーが、退けねぇ戦いってもんがあるってな!」

 マンハタが二刀流でシミターを振るう。

 濃い黒褐色肌の男は、昼の砂漠とは対極的で、視覚的にその姿はよく映え、動きが見えやすいせいもあって、クルコシアスは余裕で斬撃をかわした。


「(チッ、やっぱ正攻法は苦手だぜ……)」

 元々マンハタは、その黒褐色の肌色と長めの手足を活かして、夜陰に紛れ込んでの潜入行動が得意だった。

 昼間だと、準備と状況次第では他の者の影に、高度に紛れ込む術こそ持ち得ているが、こうも砂漠のど真ん中、輝くような昼間の砂地で、遮蔽物も障害物も何もない場では、そうした技術も活かせない。


 真っ向勝負は、マンハタがもっとも苦手とする戦闘だった。




「あなたもなかなか腕がたつ人間のようだが、相手が悪すぎましたね」

「言ってろ! お前がどれだけ強くてもな、そう簡単には―――、っ!?」

 目の前でクルコシアスの姿が揺らいだ、かと思うと次の瞬間。


ズボフッ!!!


 バケモノの後ろで猛烈に砂がぜた。


「(! 音と砂の動きが一致しねぇ―――くそがっ!!!)」

 マンハタは大量の脂汗をふきだしながら、咄嗟にシミターを振る。

 蜃気楼のように揺らめいたバケモノの姿が消える頃には、既にその位置は、マンハタの眼前にあった。


「!! ほうっ!?」

 クルコシアスは驚く。シミターの刃が眼前にあったからだ。自分のスピードに敵がついてこれた事が、少しばかり意外だった。


ギャギャシャァッ!!


「くぅ……っ」

 黒と白の身体がすれ違う。


 マンハタの左腕の外側、およそ5mmほどの深さで表面の肉が削り取られ、一拍遅れて血がふきだす。

 一方でクルコシアスは無傷。右拳を前に突き出し、パンチを振り切った態勢から悠々と姿勢を正し、嘲笑するように笑いを一つ漏らした。


「悪くない反応速度と思いましたが、どうやら当てずっぽうですか」

「……へっ、そうそうお前らみてぇなバケモノとやり合える超人がそこらにいてたまるかよ。そんな都合のいい話があんなら、聞かせて欲しいもんだぜ、今すぐにでもよぉ」

 偶然とはいえ、迫った相手にマンハタの振り下ろしたシミターはバッチリ合った。

 しかし簡単にいなされた刃はクルコシアスの腕の表面を滑って外れた。




「(くっそ、スピードが速すぎる。全身トゲが生えてっから、あの速さで体当たりするだけで十分―――なるほどな、武器なんて必要ねぇわけだ)」

 アッサージが殺された時の戦闘の様子を見ていたゴロツキから聞いた時、最初マンハタはバケモノは人体を容易く切断してしまえるほどの武器が、拳にあるのかもしれないと考えていた。


 しかしそうではなかった。クルコシアスは特別な武器など何もない。そのスピードこそが全ての根幹を成す武器なのだ。


「(―――てぇことは、町の北半分をぶっ飛ばしたのも、そのスピードで振るった腕の風圧で? ……いや、違う)」

 そんな事ができるなら、ここまでの戦いでマンハタは腕を振るわれた時点で何度もぶっ飛ばされている。

 そうなっていないということはスピードだけではない、という事だ。


「さて、なかなか楽しませてくれるのは予想外で面白いが、勇気と戦意に満ちた表情というのはつまらないんでね。恐怖に歪んだ顔の1つも見せてくれないのなら、そろそろ飽きてくるんだが?」

 左腕の負傷―――まだ武器を振るえない程ではないが、それでも支障は確実に出る。状況はさらに不利になった。


「(ここでコイツを倒して、シャルーア様に褒めていただく、ってぇのが最高だったんだがなぁ。どーやらそれはさすがに無理―――だとして、じゃあどうするかってなると、これまた策がねぇ……ん? あの右腕?)」

 クルコシアス自身は気付いていない様子だが、先の攻撃でパンチを放った右腕。その外側が薄っすらと湯気が立っていることに、マンハタは気付いた。


 それも何かが擦ったようにその辺りのトゲトゲがなだらかになっている。


「(! シミターが擦ったところか!)」

 シャルーアから貰った “ 力 ” のおかげで、軽く擦っただけで表面に相応のダメージを与えている事に気付いたマンハタは、改めて自分のシミターを見た。


 相棒たちは、まるで任せろと言わんばかりに陽光にキラリと鈍色にびいろの―――いや、微かにオレンジ色の混ざったきらめきを返す。




「……あがいてみるかっ」

 シャルーアの下僕になって良かったと、マンハタは思う。こんなにも敗北濃厚な状況でも、気持ちが奮い立つ。

 仕えることがこんなにも嬉しいと思える主人は、そうはいないだろう。


 そんなあるじのためならば―――命も惜しくはない。


「……つまらないですね。覚悟を決めたと言わんばかりのその表情、実につまらない」

 クルコシアスが不快そうに顔をしかめる。

 人間の恐怖する様が好きな彼は、その逆に当たる感情からくる表情が大嫌いだった。


「つまるかつまらねぇか、判断するにはまだ早ぇえぜ!!!」

 そう叫びながらマンハタは跳んだ。




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