異邦の邪鬼と刀剣

第491話 戦いの激化に備える町




 ワァァアァ……



 町の外から戦いの喧騒が小さく聞こえてくる。それなりに町から距離をあけた場所が戦場になったようだった、


「おっ始まったみてぇだな……」

「ちょっとザムさん、足を止めてないで働いてくださいまし!」

「へーへー、わかってますよっ、と!」

 アイアオネの町中、西の外壁付近では町の人々が各々に荷物を抱え、あくせく移動している。その中に混じって、ルイファーンも麻袋を抱えて運んでいた。


「(とんでもねぇことになっちまったな、ったく。しっかし、町半分を一瞬でぶっ飛ばしちまうようなバケモノ相手に、一体どーしようってんだ、シャルーアちゃんは??)」

 考えながらザムも足元の木箱を持ち上げ、運び出した。




 西の外壁近辺から一切の荷をけさせる。綺麗になったところから、マレンドラが怪我を押しつつ、数人の中年女性陣たちと一緒に、外壁上から液体を撒き流す―――その液体は、瓦礫の下から生存者を捜索した際にマンハタに撒かせたモノと同じモノを、さらに希釈したモノだという。


「よーし、ここはいいね。次にいくよ!」

「「「ハイッ!!」」」

 残っていたシャルーアの乳は少なく、混ぜられたソレはほぼ水。

 さらに、人間が丸々スッポリ入るほどの樽が外壁上に並べられてはいるものの、外壁すべてを覆うほどの潤沢な量ではない。


 説明を聞いたマレンドラは半信半疑ではあったが、実際にその不思議な力によってマルサマはじめ、多くの人間が救助された事も耳にしている。そして、今は疑っている暇もない。


「(何だかわからないけどね……無理だけはするんじゃあないよ、シャルーア)」






 西の外壁付近で慌ただしく人々が準備しているその頃、シャルーアも少し離れた家屋の中で、何やら編み物をしていた。


「シャルーアさん、これでいいでしょうか?」

 町の若い女性が、デキを確認してもらおうと持ってくる。


「……はい、大丈夫です。次はこのヒモに、細縄をこのように巻き付け、つなの中の芯になるような形に仕上げてください」

 シャルーアの長くなっていた髪が、バッサリと切り短くなっていた。この場で自分で切ったのだろう、毛先が不揃いだ。


 今、編んでいるヒモの材料は他でもない、シャルーアの切った髪の毛だった。


「でも、これで一体、何をするんですか??」

「わざわざ髪を切ってまで……普通に麻糸とか綿糸で紐を用意するんじゃダメだったんですか??」

「はい、私の “ 力 ” が伝わる素材である必要がありましたので、毛髪でなくてはいけませんでした」

 乳はある分をすでに使い切った。そうなると、自分の力を伝える媒体として最適なモノで、すぐに用意できるモノは他でもない、自分の毛髪しかない。


「(ミュアーク・ドゥアーマは耐えられる方はいませんし……マンハタには無理をお願いしてしまいました……急いで準備を終えませんと)」

 マンハタ、ハヌラトム、そしてアッサージの敵討ちに燃える裏社会のゴロツキ達500名。

 彼らには、かなり希釈したソーマも飲ませている。

 なので通常よりかは、心身に若干の調子の良さは覚えているだろうが、それだけだ。


 マンハタが一番シャルーアの “ 力 ” に馴染める身ではあるものの、それでもドングリの背比べ程度でしかない。おそらくバケモノ相手に勝ちきることはできないだろう。


 間に合うか不安と心配がよぎる中、家屋の扉が開かれた。





「ふぅ、ふぅ……はぁ、はぁ……シャルーアちゃんや」

「! マルサマ様。どうしてこちらへ?? お怪我をなさっていらっしゃいますのに―――」

 シャルーアの胸に押し当てるように、マルサマが鞘に入った一振りの剣を差し出す。


「コレは……ナーダさんがお預けになられていた?」

「そうじゃ、あのええ太ももしたねーちゃんが預けてとった宝剣じゃよ。ふー、はー……ふー……直しはしたが、どうも普通の剣とは違うモノを感じていての、なかなか “ 直せた ” という感覚はなかったのじゃが、シャルーアちゃんが持ってきてくれたあの錆びた剣、アレのおかげで最後の直し方が分かったんじゃ」

 マルサマは、治療院を出て自分の鍛冶場跡に行き、コレを探しだして仕上げをしてきた。


 ナーダが預けた時とは違い、刀身は芸術品のように美しく仕上がっている。そればかりか、宝玉部分もただ美しいだけでなく、何やら生気が宿っているような雰囲気が漂っていた。


「コイツを活用せい。誰かに使わせよればバケモノを倒せる―――この剣であのねーちゃんの母親が倒したというバケモノの話、アレが今回のモノと同種であるならば可能性はあるはずじゃ。じゃが……」

 問題は使い手だ。

 直された宝剣は両手持ちの両刃剣。それもやや大振り気味だ。


 シャルーアの魂に刻まれた武器は片刃のニホントウ。当然、シャルーアが扱うには重くて難しい。

 しかし、シャルーアの不思議な力を抜きにした場合、この宝剣はただの剣と大差ない武器にしかならないだろう。


 誰かに渡すにしても、シャルーアが何らかの処置を施す必要がある。

 だからこそ、マルサマは青息吐息になりながらも、シャルーアのところにこの宝剣を持ってきたのだ。




「ありがとうございます、マルサマ様。……ナーダ様、お借りいたします」

 今は遥か遠くにいるであろうナーダに許可を請うように、虚空に向けて宝剣を両手で持ち上げ、軽く頭を下げて祈る。

 そしてシャルーアは、すぐさま宝剣を抱きかかえ、立ち上がった。


「皆様は引き続き、綱を編んでいてください。私の切り落とした髪、すべてお使いになって構いません。できた綱は次に・・戦いに向かわれる方々に身に着けていただきます」

「お、おい、シャルーアちゃん、どこへ……あ、イタタタッ」


「マルサマ様も御安静なさっていてください。皆さん、この方の事もよろしくお願い致します」



 そう言ってシャルーアは、宝剣を持ったまま家屋を飛び出していった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る