第489話 成長した少女は美容師の想像を越える
マルサマは一命こそとりとめたものの、かなりの重傷には違いない。そのまま治療院へと直行し、入院する事となった。
そこでシャルーアは、頭に包帯を巻いてもらっていたマレンドラと再会した。
「マレンドラさんも、ご無事で何よりでした」
「はっは、ウチの店は大通りに近い位置にあったからね、アタシは自力で這い出して何とか無事だったのさ。……にしてもシャルーア、アンタ随分と雰囲気が変わったね」
「そうでしょうか?? 髪が伸びましたから、そうお見えになるのかも―――」
「いやいや、見た目の話じゃあないよ。……ま、見た目も成長してるのは間違いないがね……それよりもだ、またとんでもない時に来たもんだね、アンタたちも」
マルサマを始めとしてシャルーアのおかげで瓦礫の下から助け出された者たちにしたら、タイミングが良かったと言えるが、一瞬で町を半壊させるほどのバケモノが襲って来たという意味では確かにタイミングが悪い。
だがシャルーアは首を横に振った。
「いいえ、もし私が今、この町に来ていませんでしたらマルサマ様はお亡くなりになっていました。他にも命を助ける事の出来た方が大勢いらっしゃいますので、今この時に来れて良かったと思っております」
「……なるほど、本当に変わったねぇシャルーア。リュッグが傍に付かずに行かせた理由がよく分かるよ。頑張ってきたんだねぇ」
正直なところを言えば、まだまだ世間知らずなお嬢様感は残ってはいる。だが以前会った時や、初めて会った時から比べたら、格段に成長している事が良く分かる。
リュッグは、シャルーアの自立を見据える段階に入ったと判断したのだろう。ルイファーンやハヌラトム、マンハタをお供につけているとはいえ、自分は行動を共にせずに王都からアイアオネまでという長距離を旅させたのは、それだけシャルーアの内面の成長を認めているからだ。
もっとも当の本人は、マレンドラの見守る者たる視線を受けて、不思議そうに目をパチクリさせているが。
「アンタたちもご苦労だったね。この
座って対面しているシャルーアの後ろに立つルイファーン達に向けられたそれは、色んな意味を含んだお礼の言葉だった。
いくらシャルーアが不思議な力が使えるといっても、彼女1人ではまだまだ道中は危険だ。加えて今、このアイアオネの町に起ったことを考えた時、少しでも人手は多いに越したことはない。
「いいえ、お礼を言われるほどの事はしておりませんわ。頭をお上げくださいまし。何よりその頭をお怪我なされているのですし、動かさず安静になさってくださいな」
「それもそうだね。こりゃあ一本取られたよ」
和やかな空気になったところで、マレンドラは軽く呼吸を整えると、表情を引き締めた。
「―――アンタたち、今のうちにこの町から出な」
「? マレンドラ殿、それは
ハヌラトムの疑問は確認に近い。
すでに彼女の言いたいことは何となく分かっているからだ。
「町をぶっ壊したバケモノが残した言葉は、アタシも人づてに聞いてるよ。それをそのまま解釈するなら、バケモノはまた近いうちにやってくる……この町にね」
つまり、今のうちに避難しろ、ということだ。
マレンドラ達、アイアオネの住人とは違ってシャルーア達は他所から来た者。巻き込まれる必要はない。
しかし、それを強く拒否したのは意外にもシャルーアだった。
「……いいえ、マレンドラさん。
「! シャルーア、アンタに何かあったらリュッグのヤツに顔向けができな……イタタ……」
思わず感情が強くなるマレンドラ。だが頭の傷がズキリと痛んで抑制される。
「私のことでしたらご心配には及びません。……それに」
「それに、なんだい??」
一度両目を伏せ、声を潜めるシャルーア。
数秒溜めて再び目を開く。するとその瞳は淡く輝きを放っていた。
「! シャルーア、アンタその両目??」
「……それに……何となくですが、その方のお相手は、避けられない事ではないかと、私は感じています」
マレンドラから視線を外し、微かに頭の角度をつけて病室の虚空を見るシャルーア。
強すぎる陽光が少しマイルドになったような、太陽の表面の色。いつもは赤い彼女の瞳は煌々と輝き、その光は怖れや不可思議さよりも、見る者に穏やかさと温かさを感じさせる。
「マンハタ」
「はっ、はい。何でしょうかシャルーア様!?」
神秘的な雰囲気が瞳から全身に宿ったかのような彼女に突然呼ばれ、マンハタはたじろぎながらもその横で身をかがめた。
「手をこちらへ」
「?? こ……こう、でしょうか?」
椅子に座った膝の上を示され、そこにマンハタは片手を置く。
するとシャルーアは、その手の上に自分の両手を重ねるようにして静かに置き、再び両目を閉ざし、沈黙した。
「! こ、これは??」
濃い黒褐色肌のマンハタの手の平に、オレンジと赤の中間じみた色を、その端に発色する光が広がる。
マンハタの手がその光に覆われ、やがてしみ込むように鎮まっていき、何事もなかったように元に戻った。
「……一時的にですが、私の “ 力 ” がその手にしみ込みました。その手で武器を持った場合、力が武器にも伝わるでしょう。……もし、この町を攻撃したバケモノという方が、私の予想している通りでしたら有効に作用するはずです」
これは誰にでも施せるものではない。
マンハタは度々、シャルーアと床を共にしている。その際には彼女の乳をもちろん摂取していた―――おかげでその身は、普通の人間に比べれば、わずかながらもシャルーアのエネルギーを受け止め、耐えられるようになっていた。
そして今、そのエネルギーを受けたということはすなわち、再襲来するであろう件のバケモノとの対決の戦力になれ、という事だ。
「……お任せください、シャルーア様。やってみせましょう!」
信奉に近い感情を寄せている相手から期待を受けた―――マンハタの気合いが入る。
瞳の輝きが失せて、元の色に戻ったシャルーアは負担をかけることなる申し訳なさから、困ったような笑顔を浮かべた。
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