第488話 命を拾うは刹那の差




「………―――ぅ……う、ううむ……」

 マルサマは最初、意識を喪失した後、強い苦痛ある夢を見ていた。

 死に向かう闇の中へと落ちていき、止められない。




 自由落下とは違う浮遊感。

 夢の中の視界はジワジワと蝕まれていくかのようにゆっくりと黒が支配してゆく。


 ひと思いに、一気に真っ暗になってくれればいいのにと何度も思った。

 時間をかけてじっくりと、まるでマルサマを出来る限り長く苦しめようとするかのような悪夢は、果たして何時間続いたのか……


 心が潰れてしまいそうになりかけたその時、穏やかな温かさを伴って苦痛の黒を薙ぎ払う輝きが吹き込んだ。


 天かららせん状に降りてきて、マルサマの周囲の黒を消し去っていくソレは、最後に彼の口から内へと入り込み、全身を輝きで満たしてくれた。


  ・


  ・


  ・


「―――気が付きましたか、マルサマ様?」

 覗き込む顔に見覚えがある。

 おお、まさか天国の女性はシャルーアちゃんのようなカワイ娘ちゃんばかりであったか……そう思ってマルサマは無意識に両腕を伸ばし、その顔に触れようとする。


 だがその前に立ちはだかる彼女の豊かな両胸が、彼の手を迎えた。


 手の平にかかる感触は忘れもしない、女性の乳房の感触だ。

 そして、この柔らかさと弾力、張りの具合は―――


「! うっひょぉおううっ、シャルーアちゃんのおっぱいじゃああ~~っ」

 マルサマの身体がベッドを跳ね飛び上がり、勢いそのままにシャルーアの胸の谷間にタマゴがミッチリと埋まる。

 胸の付け根あたりでしっかりと両頬を挟まれ、グリグリと顔面を押し付けた。



「! おいこらタマゴジジイッ、シャルーア様に何しやがるっ」

 当然、マンハタが速攻で噛みつく。

 だがシャルーアは逆に、マルサマを自分の胸の中へと完全に包み入れようとするかのように庇った。

 結果的にそれは、これまでマルサマがシャルーアに対して行ってきたセクハラの数々よりも激しいものであり、マルサマは違う意味で極楽に旅立ちかけていた。


「いけません、マンハタ。マルサマ様はお気づきになられたばかり……お怪我もなさっていらっしゃるのですから」

「し、しかし……くうう……。こ、このジジイ……本当に死にかけてたんですか?? とてもそーは見えませんけど……」

 そのマンハタの言葉を聞いて、マルサマは極楽から意識が引き戻された。


「……そう言えば、ワシはなぜ意識を失―――ほぉっ!? い、イタタタ!??」

 ビキィと全身が激痛を放つ。

 シャルーアの胸に挟まれたまま、谷間から頭だけ出している状態に抱え直されたマルサマは、その至極の感触が打ち消されるほどの苦痛に襲われ始める。


「ご無理をしないでください、マルサマ様。本当にお命が危ないところでしたから」

 シャルーアが軽く頭をなでなでする。

 パッと見ではカワイイ女の子が、涙目のマスコット人形か何かを抱きしめてヨシヨシしてるように見える和やかな感じだ。


「マンハタ殿も落ち着いて。まぁその妬む気持ちは分からなくもないですが、相手はご老人かつ重傷者ですぞ」

 羨ましくも恨めしいというところまで表情をしかめてマルサマを睨んでいるマンハタを、ハヌラトムがなだめる。


「まったく、シャルーア様に男性が近づくたび騒がしくてはかないませんわよ。下僕を自称するのでしたら、落ち着いて静かに控えていなさいな」

 ルイファーンが正論混じりに苦言を呈すると、さすがにマンハタは食い下がった。


「そーは言うけどさー……コイツが怒るのも無理なくねーか? いくらジーさんで怪我人だっつっても、シャルーアちゃんにあそこまで大サービスされちゃってりゃあ、誰だってマンハタみたいになっちまうってもんだぜ」

 そう言ってザムは、哀しい男のさがってもんよと結びながら、マンハタに同情を示した。


「なんじゃ……? 一体、どういう状況なのかのう、これは??」

 意識を失っていた事も不思議だが、目覚めてみればシャルーアにこうして抱っこされていて、かつ目の前には騒がしい連中がいる。


 少し、身体の痛みが落ち着いてきたマルサマは、何が何やらと困惑しながら、シャルーアの胸越しに辺りを見回した。


「ワシは確か、鍛冶場に入って―――……はて、そこからの記憶がないわい?」

「と、いう事は、そのタイミングで町の崩壊に巻き込まれ、瓦礫の下敷きになったのでしょう」

「なぬ?? 崩壊? 下敷き?? ……っ! な、なんとっ」

 ハヌラトムが不可解なワードを発したことで、もう一度周囲を見回すマルサマ。

 町の北半分が見えるよう、シャルーアが身体を90度回し、ようやく彼の視界はその破滅的な光景を捉えることができた。


「バケモノが町中に入ってきて、一瞬でアイアオネの町の北半分をぶっ飛ばしちまったんだとよ。んでタマゴジーさん、アンタはその時に瓦礫の下敷きになっちまってたってワケだ」

 ザムのざっくりとした説明を受けて、ようやく理解の色が浮かんでくるマルサマ。

 それでもにわかに信じがたい出来事だ。しかし眼前の光景が真実であると証明している。


「なんと……」

「唖然としてしまいますわよね。ですが運がよろしかったですわ、タマゴさん。もう少し遅ければ……しかも、シャルーア様に見つけてもらっていなければ、今頃は生きてはいらっしゃいませんでしたわよ?」

「正直、完全に手遅れだと思いましたよ。脈もなく、呼吸も心臓も完全に止まっていましたからね。しかし……シャルーア殿が、“ また魂が離れていません ” と言われてそのまま人工呼吸・・・・をなされたら、本当に生き返られたのには、驚かされましたな」

 その時、マルサマの聴覚が鋭く特定のワードを捉えた。


「……そこのガタイの良い若いの。今、何と言った?」

「は? ええと、“本当に生き返られたのには驚かされました”……ですかな?」

 しかしハヌラトムの言葉にザムが、真面目かと軽くツッコミを入れつつ、マルサマの聞きたい事を理解して補足を入れた。


「違うだろ、タマゴジーさんが聞きたいのは “ 人工呼吸 ” の部分だろ、どーせ」

人 ・ 工 ・ 呼 ・ 吸マウス トゥ マウス!!」

 シャルーアの胸の谷間の中で、マルサマがくるんと回り、確認を求める表情で褐色の美少女と顔を合わせた。




「はい、こんな風に口を合わせさせていただきまして―――」


 ムチュ


 シャルーアは、あっさりと結構なディープキスをして見せる。


「~~~あっっ!!!!!」

 瞬間、マンハタが周囲が耳を抑えるほどの声で叫ぶ。

 一方で、マルサマは “ ワシャ幸せものじゃあ~ ” と言わんばかりの幸せそうな表情で再度、今度は幸せそうに気を失った。



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