第487話 陽光は地中に命の息吹ある事を知る




――――――アイアオネの町、崩壊した北側区画の手前。



 シャルーアはルイファーン達と、そして、腕を包帯で吊っているギルド職員のハマールを伴いながら、その光景の前に立っていた。


「あの……、一体何をなさろうというのでしょうか??」

「見ていれば分かりますわ。驚かれるかもしれませんから、心の準備だけはしておいた方がよろしいですわよ?」

 ルイファーンに言われ、ハマールは何が行われるのかとドキドキしながら様子を伺う。


 まだ、壊滅させられてから丸一日は経過していない。

 北の区画には残った瓦礫は少ないとはいえ、その下敷きになったままの人間は少なくはないだろう。少数ながらあちこちで捜索に当たっている者がちらほら見える。





「マンハタ、指示通りに撒いてくれているのですね?」

「はい、間違いなく。大丈夫ですシャルーア様」

 これから何が行われるのか、一切の検討もついていないザムとハマール。

 ある程度は予測がついているものの、具体的に何をする気なのかまでは分からないハヌラトム、ルイファーン、マンハタ。


 視線に宿す意はそれぞれ異なるものの、5人の注目を背に受けながら、シャルーアはその場に両膝をついて、胸を揺らすほどに大きな深呼吸を行いつつ、両手を天にかざした。


「……~~、~~、wlpyqaxceehjrrloxzp……」

 何か、聞き取りにくい呪文のような文言を発しながら、かざした両腕の手首を何度か捻って、手の平を様々な方向に向ける。

 そして最後に、天に向かって手の平を向けると―――


ファァァァ………


「! て、手が!?」

「オイオイ、なんだってんだ?? 何でシャルーアちゃんの手が光出すんだよ??」

「黙って見てろ」

 騒ぎかけるザムとハマール、それを睨みつけ、制するマンハタ。


 そんな背後の喧騒もまるで聞こえてない様子で、シャルーアはその淡く輝きだした両手の平を、天から崩壊した区域に向けようと腕をおろした。


 手の平が完全に前方に向いた瞬間―――



 ブワァワァワァワァ……ァァン……


 淡い輝きが、幾重もの波紋のようになって広がり、崩壊した区域を覆っていく。


 薄いオレンジ色の輝きは、広がるにつれてさらに淡くなっていくが、その波動は途中で再び、新たな波紋を生じさせた。


「! あそこは俺がまいた……そうか、シャルーア様のお力を中継させているのか!」

 マンハタが納得いったと言わんばかりに頷く。


 シャルーアはアムトゥラミュクムほど力を自在に使うにはほど遠い。当然、その力の強さ―――出力も限界がある。


 アムトゥラミュクムならばこのアイアオネの町全体を十分な出力でもって、自分の力で覆い尽くすことは可能だろう。

 しかしシャルーアではせいぜい5分の1が限界……それ以上の広域となると、涼風のような淡い影響しかもたらせない。



 だが、マンハタがまいた自身の乳を含む水が、その力の中継と多少の増幅を担い、オレンジ色の波動は何とか崩壊した町の北半分を十分な量で覆うことが出来た。


「……」

 シャルーアは前に向けていた両腕を引っ込め、自分の胸前で手の平同士を向かい合わせ―――


 パンッ


 叩き合わせた。

 途端、広がったオレンジ色の波動は特定の場所に渦を巻いて集まるように収束していく。その場所の数はかなりにおよんだ。


「ハマールさん。あの輝きの渦巻く場所の近くに、誰かがいらっしゃいますので、探させてください」

「……へ、は……あ、は、はいっ! わ、分かりました!」

 あまりの神秘的な光景に、完全に呆けていたハマールが我を取り戻し、急いで捜索している人々に伝えに走る。


 ザムも言葉が出ず、それどころか一拍おいてその場に尻もちをついた。


「は、ははは……な、んだこりゃぁ??」

「道中、何度も説明しましたわよ? まさか、信じていませんでしたの?」

 ルイファーンが呆れたとばかりにザムを見下す。その横でハヌラトムは、ザムに手を差し伸べながら軽く笑った。


「ハハハ、まぁ仕方ありませんよお嬢様。普通は、神の力と説明され、そうすぐに信じられるものではないでしょうから」

「ハッ、シャルーア様を疑うなんざ、あり得ねぇ奴だぜ」

 マンハタが悪態をつきつつも、どこか誇らしげな表情を浮かべている。いかにも “ どうだ、シャルーア様は凄いだろう ” と主人を誇るように。





「……―――!」

 後ろで4人がわちゃくちゃやっていると、シャルーアが不意に立ち上がり、一直線に駆けだした。


「? シャルーア様 どうなされましてっ?」

「追いかけましょうお嬢様、何やらあったのやもしれません」

「いつまでケツ地面につけてやがる、さっさと立て!」

「う、うるせー、ちょ、ちょっと待てよっ!!」

 慌てて後を追いかけだすルイファーン達を待つでもなく、シャルーアが瓦礫の中を走る。


 そして、ある小盛りの瓦礫の山―――自分が放ったオレンジ色の輝きが渦巻いている場所の1つの前で止まり、1拍間を開けてすぐ、瓦礫を山から1つづつ取り除き始めた。




「そこに何かありますのね? 皆さん、お手伝いしますわよっ」

「シャルーア殿、上の表面のモノからお取りを、中途部分を外しますと、上から崩れてしまいますぞ」

 ルイファーンとハヌラトムが追いついて即シャルーアの行動に加わる。

 続いてマンハタが、そして数秒遅れてぜーぜー言いながらもザムも加わり、瓦礫の山は取り除かれ―――


「な、なんだこりゃ? タマゴ??」

 瓦礫の下に見えてきたのは、ツルンとしたダチョウのにしてもなおやや大きなタマゴのようなものの表面らしき部分。

 しかしシャルーアはすぐに、そこに向かって全身で抱え出しにいくように身体を覆いかぶせ、両腕をその脇に通し、引っ張りだした。




「マルサマ様っ!」

 瓦礫の中から抱きかかえ上げられ、シャルーアには珍しく危機迫った声をあげて呼びかけられたソレは、意識がないらしくグッタリとしたまま何も答えない。


 タマゴが学者風の服を来たかのような珍妙な姿ながら、れっきとした人間―――刀鍛冶師のマルサマだった。



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