第486話 神力ならざる乳にも温もりはある
「―――その後、バケモノは町の外に出たかと思うと、100体近い魔物の群れをどこからともなく呼び寄せ、“ これはほんの置き土産です。……では、また来ますのでせいぜいお元気で ” などと言い、姿を消したのです」
説明する男は、見ればその身にはかなり傷と汚れがあった。
その後、アイアオネの町が総力をあげてバケモノが残した魔物達と戦ったのだろう。
行方不明者の救助や捜索もできぬままに魔物達との激しい乱戦をなんとかこなし、しかしバケモノがまた来ると言った以上、戦い終えてもアイアオネの町は厳戒態勢のままだった。
「休みなしの上に再襲来に備えていらしたのでしたら、殺気だってしまっても無理もないことですわね。……にしましても、バケモノとはいえコレをたった1体で行ったとは、にわかに信じがたい光景ですわ」
街の中央通りを歩きながら、北側の壊滅したエリアを眺めながら唖然とするルイファーン。
万の軍勢が攻撃したとしても、ここまでキレイに町を滅することはできないだろう。
散乱する瓦礫はあれど、走り回るに不自由ないほどにほぼ更地化している殺風景な景観は、ここにいかなる町が広がっていたのか、知らない者には想像する事も難しかった。
「……」
シャルーアは黙したまま、変わり果てた町の様子を眺める。
自分の見知った人々は、そうでない人々は……果たして無事なのだろうか?
そうした心配はもちろんある。だが、それ以上に別の心配がこの褐色の少女にはあった。
「……―――マンハタ、少し頼まれてくれますか?」
「! はい、なんでもお任せください、シャルーア様」
不意にお声がかかったマンハタは気持ちを引き締めた。シャルーアが妙に神妙な雰囲気をかもしている事から、おそらく頼まれ事はかなり真面目なことだと推測する。
するとシャルーアは、スッと片腕をあげて無惨な町の方角、ある一点に向けて指さした。
「ここから、この方角の場所に向かってください。その際にこちらを、定期的に地面へと落としながら移動して欲しいのです」
手渡されたのは、片腕で抱えられる中程度の大きさの皮袋。
その中身が何であるかをマンハタはよく知っていた。なぜなら彼がここまで野宿の際に協力し、溜めたモノなのだから。
「これはシャルーア様の……そんな、もったいない―――」
「いいえ、いま必要なことなのです。……お願いします、マンハタ」
改めて真剣な眼差しでお願いされては、異を唱えることはできない。
マンハタは頼み事を快諾し、皮袋を受け取った。
・
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マンハタが頼み事を詳しく聞いて走っていった後、シャルーア達は町がこんな状態ということもあって、まず落ち着くべきというハヌラトムの提案から、南の区画にある宿に入った。
「シャルーア様、結局のところマンハタさんには何をお願い致しましたの??」
一息ついたところで、先ほどの頼み事について訪ねるルイファーン。
シャルーアは持っていたお茶のカップを置くと、その水面を見つめながら口を開いた。
「
「! ぶ!? な、なんだそりゃあ?? しゃ、シャルーアちゃんの、乳!?」
ザムが思わず吹き出すほど驚くも、ハヌラトムとルイファーンはまったく動じない。
「それはつまり、
「正確には、アレはソーマではありません。私はまだ未熟ですから、必要な乳を精製しきれず、必要な純度に至らなかった乳を、度々排出しておりました。ですが不要とはいえ “ 力 ” は宿っているモノなので、その辺りへ軽率に廃棄するわけにもいかず―――」
ソーマを作るには特別な乳を精製する必要がある。それを酒などで希釈することにより、出来上がるわけだが、今のシャルーアにはそれに必要なレベルの乳を精製すること自体がまだ難しく、失敗した乳を定期的に体外へと排出していた。
しかし失敗とはいえ、そのまま地面に吸わせればやはり影響が出る。
かといって、入れ物にいれたままキープしていても、誰かが間違って飲んだ利した場合、普通の人間には強すぎる効果が出て、問題になりかねない。
そこでシャルーアは、精製失敗した乳を排出する際、水に希釈して誰かが間違えて飲んだとしても大丈夫な形でキープしていた。それがマンハタに渡した皮袋の中身だ。
「そういう事でしたのね。……あら? でしたら今、ソレをこの町中に流させるのは何故ですの??」
ルイファーンの疑問に、シャルーアはカップの中のお茶に糖蜜を注ぎ、混ぜながら答えた。
「私の乳は、私の “ 力 ” および “ エネルギー ” を伝えやすくしたり、私が遠く離れていても乳を通じて物事を把握したりすることがしやすくなるんです」
直近では、ルラシンバに乳を飲ませたことにより離れた場所からその位置を知覚するなどがそれだ。
また、アイアオネの町に到着する前、町の様子がおかしいからと探りを入れた際も、町にいるであろう町長のトボラージャは以前に乳を飲していることを頼りにして、離れた場所から町中の気配を薄っすらと感じることができた。
「どのような事でもできる、というわけではありませんが、今回は上手く用いることができそうなので―――」
そこまで言葉を紡いだところで、マンハタが宿に到着するのが窓から見え、シャルーアは言葉を切った。
「マンハタが帰ってまいりました、丁度良いタイミングです。ご説明するよりも、お見せした方が早いでしょうから、実際に行ってみたいと思います」
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