第469話 再びの要塞の町はお忍び散策




 ワッディ・クィルスの町。


 ファルマズィ=ヴァ=ハール王国の中央東部、国境付近にあるオキューヌを長とした、この近辺を担当する方面軍の拠点がある要塞都市。


 高い石造りの外壁はそのまま方面軍の拠点として機能しており、町は巨大な砦の広大な中庭に作られているような感覚だ。

(※ワッディ・クィルスについては36話~53話あたりも参照)


 方面軍の本拠であるにもかかわらず、ほどよく治安が悪い。


 といってもオキューヌが目を光らせているうちは、裏に潜む犯罪者たちは軽犯罪くらいしか手が出せない範囲におさまっている。




「―――とは申しましても、気楽に散策するにはなかなかの町ですわね」

 皮肉めいたイントネーションでそう言いながら、ルイファーンが酒場のテーブルに軽く突っ伏した。

 人通りの多い場所を歩けば、お尻を触られること数度。振り返っても誰もが知らんぷりで犯人が分からない。

 気を抜けばすぐさま財布をスろうとしてくること数回。これはその場でハヌラトムがとっちめ、町の各所に点在する駐在所に現行犯でその都度突き出した。


「ははは、まぁ手癖の悪いのが多いのは事実だぁね。繁栄する町の悩みどころってヤツさね」

 この城塞都市の長たるオキューヌと兵士数名が同行しているにも関わらず、犯罪に走る者達。そのたくましさだけは賞賛に値する。

 残念ながら町に活気があれば、犯罪者も増えてしまうのは宿命だ。

 当然、オキューヌも見逃しているわけではない。キッチリと目を光らせてはいるものの、それならそれで、犯罪者たちもソレ込みでどうにか犯罪に走らんとしてくる。


 なので逆に、あまりにも固めすぎると危険なのだ。ほどよく隙があって、その都度ひっ捕らえる現状が、一番治安バランスが取れていると言えた。



「まぁ、今回は通って来たルートがルートだからね。もうちょっと明るいとこ・・・・・ならここまでじゃあないんだけど」

 そう言ってチラリとシャルーアを見るオキューヌ。

 ワッディ・クィルスの町を案内するにあたり、あえて少し危うい通りを選んだのは、この町でのシャルーアのアイドル的人気の高さを考慮した上でだ。


「? 私のせいで申し訳ありません??」

 よくわかっていないシャルーアは、オキューヌの視線から自分のせいなのだろうかと思い、とりあえず謝る。


「ああ、いや、別にシャルーアが悪いってわけじゃあないよ。騒ぎにならないようにって計らうとどーしても人目の少ないトコロになっちまうってだけさ」

 オキューヌの物言いに、ルイファーンもにわかに理解した。

 シャルーアは魅力的な女の子だ。しかもいかなる男性に対してもじないし、何なら求められれば応えてしまう。

 そんな美貌と性格だ。荒くれた男達の多いこの町では、特に異性人気が出るのも頷けた。




「ところで……この後はどうするんだい? 目的地はアイアオネって言ってたけど、距離があるし昨今の治安状況じゃあ、一息には向かえないだろう?」

 大街道を順調に進んだとしても、このワッディ・クィルスからアイアオネまでは400km以上の距離がある。

 馬車でそれなりの速度で走ったとしても、丸2日はかかる距離な上にその道中はかつて、シャルーアがリュッグと共に南下してきた頃とは危険度がまるで違う。


 魔物との遭遇と対応を含めたなら、どんなに順調であっても5日以上はかかる。


「まずは、ザブン・ケイパーの町を目指そうと思います。その後、ワル・ジューア、サッファーレイを経由しまして……ええと、10日ほどは見る必要があるかと思っております」

 シャルーアは、リュッグから習ったざっくり計算法にならい、この先の旅程と、それにかかる日数を考えた。


 シャルーアは、計算や数字に関しては小学生並みの基礎しか知らない。

 少し前まではお金の数え方もまったく分からないお嬢様だった彼女だが、少しずつその辺りの基本も修得しつつある。

 そんな彼女に、旅のスケジュールを立てるやり方としてリュッグが教えたのは、道中に危険が多いと判断した場合は、最速日数×5はかかると見るようにしろ、だった。




「10日か……ま、妥当だね。ならちょっとコレを頼まれてくれないかい?」

 オキューヌが取り出したのは、一通の手紙だった。シャルーアの前で止まるようにテーブルの上を滑らせる。


「? こちらは?」

「この町から街道を北上して50kmほどの所にあるルヤンバって町に届けて欲しいんだ。そこの小砦にアタシの部下で、ヴォーホって男がいる……そいつに見せてくれればいいよ」

 さらにオキューヌは、後ろに控えていた兵士に言って、あるモノを持って来させた。


「コイツも持っていきな。少しは役に立つだろう。野に魔物が多いご時世だ、いくらあったって困るもんじゃないはずだよ」

 長めの袋が兵士の手でテーブルの上に置かれる。



 何か1品……ではなく、何かと色々なモノが入っていそうな凹凸が、袋の表面に見て取れた。



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