第468話 意識しない時にこそ表出する性根
――――――要塞都市ワッディ・クィルス、方面軍基地。
「――うん、確かに500人受領したよ。すまないね、軍属でもないのにこんな事させちまってさ」
書類を置くと、オキューヌは情けない限りだと自分も含めた王国全体の正規軍の体たらくを恥じて肩をすくめた。
「いえ、大丈夫です。道中のご用事ですし、ご同行していただけてこちらも安全にここまで来ることが出来ました」
実際、500人の新兵たちはこのワッディ・クィルスのオキューヌの下に赴任すると共に、シャルーア達の道中の護衛も兼ねていた。
護衛としてどれだけ役立ったかはさておき、実戦研修も行ったようなものなので、より合理的だったとも言える。
「しっかし、話には聞いちゃいたけど……ふーん?」
オキューヌは改めて興味深そうにシャルーアを見る。
外見は髪の毛が長くなっている以外、何ら変わらない。態度も表情も、リュッグに連れられてこの町に来た時と、まったく同じ様子だ。
しかし、そこは方面軍をまとめる東西護将の1人たる人間である。
何か奥底の、根源的な部分で変化があることを、オキューヌは鋭く見抜く。
「神様ね……なるほど、以前よりも神秘的な何かがあるように感じるよ。まったくもって驚きだがね」
そう真面目に述べていたかと思えば、ウインク1つしてパッと雰囲気を砕けさせる。
オキューヌは誰が相手でも自分の態度を変えない女性だ。それはシャルーアにとって、自分を神様だなんだと言って敬おうとしてくる
「悪いけど、神様だろうが何だろうが、必要以上に持て成せないのは勘弁しとくれ。何せここは、一応はそれなりの軍の拠点だからねぇ、武骨で血生臭い者たちの巣窟だからさ」
「はい、大丈夫です。むしろ普通にしていただけますと、こちらも助かります」
「はっはっは、神様神様いわれてウンザリしたかい? まぁこんな世の中だからね、人によっちゃあ神様にすがりたいってのも致し方ないさ。もっとも、ウチの王様がそんなんじゃあ、困るってもんだがね、ハハハ」
気楽に笑い飛ばすオキューヌ。シャルーアが神様うんぬんという話を聞いてもブレない。信じていないわけではなく、ありのままこれまでと変わらず接するのが正解だと知っているのだ。
「それよりもこの後はどうするんだい? すぐ出立するつもりでもないんだろう?」
「はい、数日は町の宿に泊まり、皆さんの旅の疲れを癒そうかと」
「なら、こっちに泊まっていきなよ。宿じゃあ、またぞろ町の連中が騒がしくなるだろうからさ。シャルーアはこの町の野郎どもには人気者だからね」
ワッディ・クィルスの住民たちは、以前立ち寄った時も大変よくしてくれたとシャルーアは記憶している。
人気者というのはオキューヌの方便だろうと、本人にはこの町のアイドル的存在になっていたという自覚はこれっぽっちもなかった。
とりあえず申し出を断るのは失礼かと思い、御厚意に甘えようとシャルーアは考える。
「ありがとうございます、オキューヌさん。ではお世話になります」
「ああ、構わないよ。何日でも居ていいからね。んじゃ部屋の割り当ては―――」
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要塞ゆえ、巨石むき出しの部屋だ。
しかしこの辺りでは珍しい、クッション性のある床敷や綺麗な絨毯が敷かれている。
ベッドはシックながらも天蓋付き―――夜に冷える石造りゆえに、ベッドは何も客用の特別品ではなく、この要塞の寝床は最上位のオキューヌから末端の兵士にいたるまで、このような夜の冷えた外気を意識した防寒幕付きのベッドを利用している。
「……ぐぅ……ぐぅ……」
見た目に似合わず、意外と可愛らしい寝息をたてるマンハタは、まるで子供のような無垢な寝顔を見せていた。
「……」
ベッドの中、自分に抱き着いた彼の頭をそっと撫でる―――それは
互いに繋がったまま睡眠へと入る流れは、もはや当然になっていた。
シャルーアは不意に、視線を幕越しに窓の外へと向ける。夜の寒空を眺め、腹にマンハタの温かさを感じながら、のんびりとした夜中の雰囲気を楽しむ。
「(穏やかで、静かな夜……)」
この時間は、自分ではない誰かの力を強く感じる。
夜の闇がもたらす恐れを和らげる、対極なれど相互に作用もしている力……
「むにゃむにゃ……シャルーアさまぁ…………ぐぅ……ぐぅ……」
「くすっ、良い夢を見ることができているようで何よりです」
むにゃむにゃ寝言を言いながら、赤子のように胸を少し口づけるマンハタ。どう客観的に見てもお世辞にも恰好いい、可愛いという顔立ちではないが、シャルーアはその様子に子供を見るような愛らしい気持ちを感じていた。
「(起きている時はあれほど興奮なされていましたが……寝顔とはこんなにも人の本質があらわれるものなのですね)」
見た限りではあるが、これまで床を共にした男達の寝顔を思い出す。
意外と寝顔一つとっても人によってかなり違うもので、やはりどこか悪い性根の持ち主は、すっきりした後の睡眠であっても何か危ういモノを表情にあらわす。
しかし、悪人であろうとも性根に良いモノを持っている男であれば、寝顔はどこかスッキリとしていて、悪そうなものを感じさせなかったりす。
そうした違いが大変に面白いとシャルーアは思い、自分の胸に頬を埋めて眠るマンハタの頭を撫でながら、柔らかな月明かりの夜の空気を楽しんだ。
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