第470話 お仕事.その22 ― 危ないお使い ―




「お手紙、お預かりいたします。……そうでした、オキューヌさん。一つお願いがあります」


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 シャルーアはとある物品を欲して、オキューヌに相談を持ち掛けた。

 それは、オキューヌにとっても重要な品物であり、既存品をホイホイと分ける事は難しい―――そこでオキューヌは、シャルーア達にちょっとした仕事を頼んだ。



「なるほど……確かにこの空気、懐かしい感じですぜ」

 マンハタがまるで古巣に戻って来たかのような懐かしい気分を感じながら、その路地の陰の向こう側を注視した。


 そこはワッディ・クィルスでも特に要注意なゴロツキがたむろしている事で有名な、いわゆる犯罪者の巣窟だ。

 オキューヌならいつでも潰せる場所ではあるが、治安バランスの調和のため、あえてお目こぼしている。

 細い路地は20mほどは左右とも建物の石壁しかないが、そこを通り過ぎて角を曲がると、そこには別世界が広がる。


「変わっていますが、賑やかな雰囲気ですね??」

 シャルーアは軽く目を丸くした。

 角を曲がった先からは、表のワッディ・クィルスの町の雰囲気とはまるで違う光景が広がっている。


「裏街ってぇとこですね。店の経営自体真っ当じゃあない奴がやっています。内容も真っ当じゃないでしょう」

 今回、ルイファーンとハヌラトムには留守をお願いした。マンハタたっての希望だ。

 その理由がコレだ―――まだ逞しさよりもお嬢様が目立つルイファーンにはこの街は刺激的過ぎるし、何かあった場合、こういう場で2人守るのは難しい。




 いかがわしくも怪しい風俗店、違法仕入れの武具屋、出所の怪しい薬売り、盗品でも売買する古物店……

 毒々しい落書きが路地全体に広がり、その中に抱かれるように怪しい店ばかりが軒を連ねる。


 さらにはその辺で座り込んでいる者も、明らかに犯罪臭のする人相の男ばかり。

 マンハタとシャルーアが通ろうとすると、品定めするように視線を向けてくる。


「シャルーア様、離れないでくださいよ」

「はい、よろしくお願いしますね、マンハタ」

 蛇の道は蛇。元カッジーラ一味でこちら側の住人だったマンハタだ、慣れた足取りで進む黒褐色の背中を、シャルーアの褐色肌が離れることなくついていく。


 マンハタ自身はいつもと変わらない歩き姿だが、ギラリとした警戒心が周囲に向けて放たれているのを感じる。

 こういう場では、付け入る隙を見せた方が負けだ。常に臨戦態勢で、やるなら来いよ、相手になってやるからよ―――そんな姿勢と覚悟が必要。


 そのマンハタの周囲に対するオーラは後ろのシャルーアの周囲にも広がり、彼は前を見ながらも、ちゃんとシャルーアの周囲にもアンテナを張っている。


 ―――と


 シュバッン……


「……おいおい、怖ぇえなぁあんちゃんよぉ? いきなり抜く奴があるかぁ?」

「言葉はいらねぇな、刻まれたくないならその手を引きな、クズが」

 相手もオラオラ系の男。だがその手がシャルーアのお尻に触れる直前で、マンハタのシミターの刃がインターセプトしていた。


「―――……へ、ケチだなぁ。ケツのひと撫でくれぇ減るもんじゃねぇだろぉがよ」

 文句を吐き捨てながらも男は手を引き、背中を向けて去る。


 睨み合い―――それは男同士の粗暴なる意志の疎通。マンハタが本気の殺意を男に向けていた時点で、男はさらに踏む込む場合、命を賭けなければならなくなった。だがシャルーアに手を出すのにそこまでの覚悟は男にはない……結果、彼は引き下がっていった。


 何よりマンハタはこの路地裏の連中とはモノが違う。


 ワダンという悪党に厳しい国で指名手配されるほどの悪名高いカッジーラ一味に属していたマンハタである。

 彼から見れば、この裏街にたむろしている者は、ぬくぬくと居場所を与えられた牙のない飼い犬も同然だった。


「大丈夫ですか、シャルーア様? お怪我は?」

「はい、ありません。ありがとうございます、マンハタ」



  ・

  ・

  ・


 その店は、路地の一番奥にあった。


 他の店が幅5mほどの小さな店舗ばかりなのに対し、その店だけは他の3倍はある広さに加え、壁と門がまずお出迎えするような、場違いな建物だった。


「ほー、オキューヌの使いかね。まためんこい娘を寄越してきたものだ。いくらそっちの背高の黒いのがいるからって、危ないお使いをさせよるとはな」

「あなたがルラシンバ様でしょうか?」

 小柄な老人―――マルサマを思い出させるが、彼とは違ってただ小さい老人というだけで、体形や恰好が変わっているわけではない。


 強いていえば、派手な色と模様入りの上着を着てかなり長い筒、おそらくは水タバコ用の管だった部分だけを加工したものを口に咥えているのが、風変りといえば風変りだろうか。


「ほー、いいとこ出のようじゃな、それに器量も良い……ほっほ、そこらの男がよく我慢できたモノよ。そっちの黒いのはかなりデキるようじゃな、野犬に主を噛ませもせんとは。……いかにもワシがルラシンバ、この裏街の地主じゃよ」

 そう言ってルラシンバは、咥えていた長い筒を口から外し、クルクルと回したかと思うと、目にも止まらない早さでシャルーアの胸にその先端を当てた。


「! ジジイ、てめぇ死にたいか?」

 鞘から剣を抜きかけたマンハタ。しかしシャルーアが片手を彼の身体の前に出し、それを制する。


「構いませんマンハタ。武器をしまってください」

「は、はい」



「ほー、まったくの世間知らずのお嬢ちゃん、というわけでもないようじゃの。それに―――スゥウウ~、この味・・・は……はて?」

 豊かな胸のふくらみにつけた長筒を通して、シャルーアの空気を吸うルラシンバ。

 それから感じたのは、これまで長年生きて来た一度も味わったことのない、初めての香りだった。



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