第455話 お仕事.その18 ― 遠隔操作貝 ―




 とある朝。


「ではでは参りましょうか! シャルーア様っ!!」

 ヴァリアスフローラの私邸前にて、元気にそう述べたのは、ドレス姿ではなく動きやすい素人探検家のような恰好をしたルイファーンだった。



「本当にご一緒に行かれるのですか、ルイファーン様?」

「ええ! わたくしにも色々と思うところがありますの。今のままでいてはいけないと思いまして、自分を磨き上げるための修行をすることに決めたのですわ!」

 シャルーアは、リュッグから宿題がてらにと王都の傭兵ギルドの依頼を一つ、こなすように言われ、今日はそのために出かける。


 同行者は念のため護衛にラフマス。

 元カッジーラ一味ながら先日取調べが終わり、ほぼシャルーアの忠実な下僕状態である事も加味され、晴れて釈放されたマンハタ。

 そして、手伝いを名乗りでたルイファーンとエスナ家の私兵ハヌラトムでの5人だ。


「申し訳ありません、シャルーア様。お嬢様はこうなりますと中々……」

 迷惑をかける申し訳なさと、説得不能の徒労感をにじませるハヌラトムを、シャルーアは慰労するように微笑みかける。

「問題ございません。リュッグさまもわたくしを手伝いに伴だって連れていらっしゃいましたから、お仕事にはご一緒していただけるかと思われます」

 一応、シャルーアはリュッグによってかなり前に傭兵ギルドに登録手続きを済ませられてはいる。だがそれ以前から彼の手伝いとして一緒に行動していたので今回、ルイファーン達を随行させても規約違反などの心配はない。



「それでは、お仕事に参りましょう。ええと、このたびのお仕事は―――」



 




―――小一時間後、王都ア・ルシャラヴェーラ近郊の砂漠地帯。


「きゃああぁあーーー?!!! な、なな、何ですのぉーーー!??!」

 ルイファーンは、生まれて初めての爆走という行為に至っていた。


「ルイファーンさまーっ、そのまま足をお止めにならないようにお願い致しますー。そのヨゥイ―――デミノスエル双子の貝は、片方が追跡している最中、本体は止まっていますから、そちらをこれから探して、仕留めますのでー」

「お、お、お早くお願いしますわぁぁぁあ!!」



 デミノスエル――――――双子の貝と呼ばれるが、その実態は1個体。


 何と、非常に珍しい自分の貝殻を遠隔操作する能力を持っている。

 通常はその貝殻の中に本体が閉じこもっているが、獲物を発見した際は貝殻だけを動かし、まるで生きているかのように追尾させる。

 視覚はなく、貝殻の方に嗅覚があり、1度覚えた獲物だけを延々と追い続ける。


 砂漠の地平線を海のように泳ぐ2枚貝は、まるでサメが水面に飛び出して嚙みつかんとしている様にも見えることから、シャークシェルなどとも呼ばれる。


 貝に歯がないので噛みつかれても物理的なダメージはあまりないが、一度食いつくと離れない上に、微弱な麻痺毒を分泌して獲物にかけて抵抗を封じる。


 2枚貝がパクパクしながら砂漠を移動するため、人間が走るスピードに追いつくかどうかという程度の速度でしかない。なのでお嬢様育ちのルイファーンの走行速度でも何とか逃げ続けられる。

 だが、本体を見つけて倒すまでが大変なため、襲われると傭兵でも持久走を強いられる、討伐にはちょっと面倒な魔物。




「ではシャルーア様、我々はどのように致しましょう?」

 マンハタが恭しく問いかけてくると、シャルーアは思い出すように軽く小首をかしげ、このヨゥイの討伐方法として教わった事を思い返した。


「リュッグ様のお話によりますと、あの2枚貝は1度狙われた同じ獲物しか追いかけないそうですが、普段は本体が内部に入っている状態だそうですので、2枚貝が出現した辺りの地中に、本体が潜んでいるとのことですから、皆さんで手分けしまして、本体さんを探しましょう」

 本体は地中から小さな穴をあけて呼吸を確保し、潜んでいる。

 なので砂漠の表面に穴が開いてるところがないかを探し回る。


 ルイファーンが砂煙をあげて疾走している中、シャルーア、ラフマス、マンハタ、ハヌラトムは砂漠に視線を落としながらウロウロと歩き回った。




 そして探すこと3分ほどして―――


「あ!? これか?? おおーい、こっちにそれっぽい穴を見つけたぞー」

 ラフマスが声を張り上げる。

 そろそろバテバテになってるルイファーン以外の全員が集結した。


「指2本が入るかどうか、という感じですな。それで、これはどうなさるのでしょう?」

 ハヌラトムが興味深そうに具体的な対処法をたずねると、シャルーアは小さな片手で使うスコップを荷物から取り出していた。


「リュッグ様のように、経験ご豊富でしたら武器で突き刺すことが出来るそうですが、確実に処理をするためにはそれらしい辺りを掘り返して、本体を露出させた上でトドメを刺すべき―――だそうです。わたくしが掘りますが、本体が露出いたしますと、飛びあがったりしてくる事もあるそうですので、皆さんでトドメをお願い致します」

 他の3人が了解したのを確認すると、シャルーアはその穴の開いてる辺りを掘り返しはじめた。



 そして、5度か6度か、砂が周囲に掘り捨てられたその時―――


『―――!』


 ボバッ


「これが本体っ?! 逃がすかっ」

 まだ軽く自分に被っていた砂を吹き飛ばして飛び出したデミノスエルの本体を、マンハタが先端で降り曲がったかぎ付きの剣を引っかけ、地面に叩き落とす。


「よっしゃ、剣を突き立てる!」

 一番近くにいたラフマスが予備の短い直剣を抜いて突き立てた―――瞬間


『―――――っっ』

「うお、危なっ! いまのが麻痺毒かっ??」

 抵抗しようと飛ばしてきた液体を寸前で避ける。


「私の槍で刺しましょうっ、退いてください!」

 その言葉でさっと後ろに飛びのいたラフマス。入れ替わるように近づいてきたハヌラトムが、もがく本体に槍を突き刺した。


『~~~っっっ……、……』

 そして、デミノスエルは完全に沈黙。同時に、今にも嚙みつきそうだった2枚貝はルイファーンの体に触れる寸前で停止し、カシャンと音を立てて砂漠の上にて沈黙した。



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