第456話 母の衝撃に娘はその足で立つ決意をした




 仕事を終え、王都の傭兵ギルドへと戻ってきた一行。


 中でも鍛えていないお嬢様なのに走り続けたルイファーンは、ギルドへ到着するなり解放されているテーブル席に不時着するように座り、その身を預けた。



「か、覚悟はしておりましたつもりですけれど……やはり、大変なお仕事ですのね~……はふぅ……」

「傭兵の仕事っつーてもピンキリだが、やっぱ魔物相手ってぇのも少なくねぇ。お嬢様育ちにゃ、ちと荷が重いだろうよ」

 マンハタが対面の席に座り、慰労するように言葉をかけてくる。

 シャルーアはラフマスを後ろに伴い、仕事の報告を受け付けカウンターで行っている。

 ハヌラトムは一足先にヴァリアスフローラの私邸に走り、帰宅を出迎えさせる準備を促しに行った。


「分かっておりますわ、今のわたくしでは足手まといも良い所……」

「なら、なんでまたシャルーア様に同行しようなんて思ったんだい? 一歩間違えりゃあ命を落とす世界だぜ、怖くはねぇのか?」

 するとルイファーンは、テーブルの上でむぅと少し頬を膨らませる。


「……それを言いましたら、シャルーア様だって同じでしょう。しかも、彼女の場合は望まずとも危険にさらされる可能性ある身ですし」

「それはまぁ……つーても、万が一は許さない、絶対に守り抜く」

 その瞬間、マンハタの表情がグッと締まる―――大した忠誠心だと、ルイファーンは感心した。


「素晴らしい御心がけですこと。……そうですわね、わたくしは思い知ったのです。自分がまだまだ非力な存在なのだと―――一人の女としても、人間としても、エスナ家を継ぐ者としても……」

 最後の方は本当に小さく呟く。





 ……ルイファーンは知っていた。身籠った母のお腹の中の子が、一体誰の子であるのかを。

 聡明な彼女は、母ヴァリアスフローラがなぜ自分が大好きなリュッグの子を身籠ったのかを理解していた。

 母もよく知っていたはずだ、自分がリュッグを慕っていたことは。にもかかわらず、そんな事をするのは他でもない―――リュッグを繋ぎ止めるためだ。


「(お母様の馬鹿……リュッグ様はそんな事で留まる御方ではありませんのに)」

 相思相愛の末の子宝であればともかく、母は先々やこの国の未来、あるいはエスナ家の未来を見越した上で、リュッグという人物を得ることを考えた。


 だがルイファーンは知っている……リュッグはそんな甘い男性ではないことを。


 気質・性格はとても優しく面倒見が良い。だがその芯は非常に筋を通すタイプだ。責任問題を絡められようが、そこに筋が通っていなければ一切の容赦はしない。

 既成事実程度ではビクともしない類の人間である。


「(ですけど、それを踏まえましてもお母様は諦めてはいらっしゃらない……あの大人の女の強さは、今のわたくしにはないものですわ……)」

 たとえリュッグが認知しなかろうが関係ない。母は産む。

 しかも、それを武器に迫ろうとはもはや思っていない―――母は正面から、リュッグを愛しにいく。堂々と。


 一手が通じなかったからといって、そこで折れたりくじけたり嘆いたりという事が一切ないのだ。


 そんな母がリュッグにアプローチする様を、ルイファーンは幾度か目撃してしまった。

 途方もないライバルの出現―――それに対してルイファーンが取ってしまった行動は、部屋に入って複雑な気持ちに焦がされ、むせび泣く子供じみた行動であった。


 そしてシャルーアが、ハルマヌークが、同じように若い女性らと比べて自分が、あまりにも非力であることを気付かされてしまう。


 ただお嬢様をしているだけではいけない―――母の不貞と慕う男性を取られる行為を知っても、それを責めたり喚いたりしたい気持ちが自分の中にあるのは、自分が未熟な子供だからだ。





「―――ともあれ、このような世情ですし、わたくしも呑気に守られているだけの女ではいられないと、思い立ったのです」

「ふーん、確かにそれに関しちゃその通りだわな。魔物は人間を “ か弱い女 ” かどーかなんざ見分けるわきゃねーし知った事じゃあない……上も下も関係なく、獲物は獲物だ、たくましくねーと生きてくのですら叶わねぇのは真理ってぇヤツだ」

 彼女の深い事情は知らないし、知る気もない。

 しかし、声に出して一言述べたその動機に、マンハタは多いに納得する。


 魔物にとっては男も女も、強いも弱いも関係ない。どいつも同じ人間だ。

 殺して喰らうになんら違いはない―――残酷な公平さで見られ、捕らわれたりしたならば、その扱いに差などない。




 強くあらねば生きていくのですら困難―――そんな時代にこの国は突入しつつあるのだということを、ルイファーン越しに透けて見えた気がして、マンハタは明後日の方向を見て、微かな声で “ 嫌な時代になったもんだ ” と誰に言うでもない文句を、ため息交じりに吐いた。



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