第453話 ファルマズィ=ヴァ=ハールの事件簿
さらにアルハンバルの差し棒が別のポイントへと移動する。
「ムカウーファのラハスの件も怪しくありますが、こちらはなお問題が深いと思われます」
差し棒の先端が、クサ・イルムの村で止まった。
「魔物化の件か。先のエル・ゲジャレーヴァの件とも関連がありそうじゃが……」
しかしアルハンバルは首を横に振った。
「いいえ、陛下。どうやらクサ・イルムの魔物化の件と、エル・ゲジャレーヴァにおける囚人の魔物化の件は、そのプロセスが異なっているようです」
クサ・イルムの話は、リュッグらと共に現地にいった王国の正規軍兵がいたため、報告が上がっている。
当初は至極稀ながら発生する、他の魔物化の事件と同じように扱われていた。
しかし改めてリュッグから直に、その時の話を聞いたところ、自然発生ではない痕跡が疑われることが、本件では確認された。
「まず、村の代表格の老婆が使っていたという魔法……これは一宿の礼として旅の者が教えたもの、だという事ですが、教えられるほどの魔法の使い手が、辺鄙な村にやってきた事そのものが怪しくあります」
クサ・イルムは大街道から外れていて、どこかへ向かう途上の経由地にもならない。目立った特産品や名産品があるわけでもない、のどかで静かな辺境の村だ。
旅人がわざわざ立ち寄る―――それも魔法を使えるほどの者が、訪れる理由はない。
「さらに、シャルーア様が見た “ 黒いモノ ” が当たった兵が、魔物化しています。これもエル・ゲジャレーヴァの囚人達のケースとは異なっています」
「うむ。確か囚人どもは怪しげな丸薬を服用することによって、魔物化したとあったな」
はいとファルメジア王の言葉を肯定しながら、アルハンバルは手元の資料をめくる。
「そして、この黒いモノは見えずとも断ち切れ、切ることで魔物化した者は正気に戻っております。変貌してしまった体などは戻りませんでしたが凶暴化し、暴れ回られるよりはまだ希望があると言えましょう」
(※第61話~第66話あたり参照)
これまで魔物化した事件では、魔物化した当人に自我がなく、周囲に被害をもたらすのみとされてきた。
それらと比べれば、本人に自我があり自制が利くのは非常に助かる。
「そしてジューバの、ローブの男か……」
「はい、リュッグ様とシャルーア様が直接その者と対峙しておりませぬゆえ、何とも言い難い部分もありはしますが……その者の戦い様、とても人間とは思えぬものである、という事と、その者が
(※第96話~第98話あたり参照)
その頃はまだ、シャルーアにはアムトゥラミュクムの教えはない。だが彼女の血には生まれながらに神の力が宿っている。
一見、不確かな話に思えるが、ただの血だまりに強く負の反応を示した事は、決して無視できるものではなかった。
「……そのローブの男がアムトゥラミュクム様のおっしゃっておられた “ 鬼 ” もしくはその眷属に連なる者やもしれぬな」
「可能性はあるかと思われます。戦い方が人間離れしていたという事から考えても、“ 鬼 ” や “鬼人” の疑いは十分にあるかと」
しかし、この件に関してはそれ以上の情報はないとばかりに、アルハンバルは次の資料に視線を落とした。
「奇怪という意味では、このアイアオネ鉱山の一件が群を抜いているかと思われます」
(※第110話~第120話あたり参照)
砂漠の多い地にあって鉱山資源は、現地の町だけにその価値は留まらない。国全体にも影響があるため、為政者の目で見ても、貴重な鉱山はなるべく操業を続けさせたい場であった。
「アルイキィーユなる生命の魂エネルギーの増幅、循環の仕掛け……何とも理解に困難な話ではあるが、ハッキリしておるのはコレが、自然にそうなったわけではない、ということじゃな?」
「はい。確実に何者かが鉱山を利用し、そう仕組んだ人為的な仕掛けと見るべきでしょう。自然が偉大であることは事実ではありますが、自然のままにこの奇怪な仕組みが出来上がったなど、調べましても過去に類似する事例は一切ございませんでした」
もっとも、この件に関しては “ 鬼 ” に繋がっているかどうかは不明だ。それらしい痕跡や繋がり、理由が見えてこない。
「幸いにも現地での獲得物があり、調査が進みましたならば新たな情報も得られることでしょう……そして」
次が本命だと言わんばかりに、アルハンバルの顔に緊張の色が浮かんだ。
そして差し棒は東の大街道付近、何もない場所とエル・ゲジャレーヴァを何度か交互に指し示した。
「シャルーア様が遭遇し、倒したという巨躯の怪物……そして」
(※第173話~第176話あたり参照)
「合体し、巨人と化せし3匹の巨大な魔物……か」
(※第200話~第213話あたり参照)
そしてその後にエル・ゲジャレーヴァでは、魔物化した囚人達を率いてのヒュクロの乱が起った。
数々の案件と、その裏に垣間見える悪意ある何者かの可能性―――待望の子宝に恵まれた喜びも打ち消されそうな重い気分が、ファルメジア王にのしかかる。
「(いや、ここでつまずいているわけにはゆかぬ。せめて余の代で、この国を蝕まんとする者どもを排してしまわねばな)」
年を召してようやく、父親となれたのだ。次代のためにも老骨にムチ打って踏ん張らねばならぬと、ファルメジア王は気持ちを引き締め直した。
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