第一六章

陰への意識

第451話 砂漠で未来の後輩に謝る先輩兵士




 カッジーラ一味による王都事変が幕を下ろして数日後……


「はぁ、はぁ、ひぃ……ひい……、ま、待ってくれー、リュッグさん」

「ぜぇ、ぜぇ……まさか、ここまで強行軍になるとは……方角は本当にこれで合っているのでしょうか?」

 俺こと、ラフマスは砂漠のど真ん中を歩いている。隣を歩くホマール兵長あらため、ホマール隊長も頑張っているが、かなりヘトヘトだった。




「だらしないぞ。まかりなりにも兵士だろう、このくらいの長時間活動で音を上げていると、実戦だと持たないぞ」

 そう言いながらも、少し先の前を歩くリュッグさんは、足を止めて俺達を待つ姿勢を取った。

 同時に俺達の後方を眺めている―――新兵達が、俺達のさらに50m近く遅れているからだ。


「い、いきなりこんなハードな訓練で、大丈夫なんですか」

 ホマール隊長はぜひぜひと本当につらそうな息をつきながら、懸念を示す。


「ああ、これで嫌になって兵士を止めるようならどのみち、実戦じゃお荷物にしかならないだろうからな。これはいわゆるふるい・・・の意味もある」

「な、なるほどなー……はー、はー……」

 理屈じゃ理解できるが、それで大量にやめちまったりしたら、国が困ることになるんじゃないだろうか、とも思う。

 どちらかといえば優しい方だと思っていたリュッグさんは、中々にスパルタ教育な一面を持っているようだ。



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 そもそも、リュッグさんが新兵の面倒を見る事になった発端は、それこそ数日前にさかのぼる。


「王都の兵士の特訓……ですか」

「ウム、もしまだこの王都にしばらく留まれるというのであれば、ぜひとも面倒を見てやってもらいたいのだが、どうだろうか?」

 陛下は、これまでリュッグさんと会話してきて教育者としての力量が高いことを知り、そんな要請をした。

 その場には俺達、王賜おうし直令ちょくれい部隊も同席していたけど、最初リュッグさんは難色を示していた。


 理由は、単なるイチ傭兵に過ぎない自分が、国の兵士を訓練とはいえ一時でも預かるというのはどうなのか、っていう感じの事を言ってた気がする。


 とはいえ、カッジーラ事変で悪徳大臣が一掃された事は良かったものの、その分人事に余裕がなくなった今、王宮はお偉いさんポストの人材不足に陥ってる。

 治安維持部隊のトップも入れ替わったらしいが、玉つきのようにそのトップが元いた部署の椅子がからになって、他の部署から異動させてくれば、またその部署の椅子が―――という状態になっていた。


「カッジーラ一味が王都で暴れまわってくれたおかげで、治安維持部隊をはじめ、この王都の兵の質が十分でない事は、余でも分かる。しかし、早急に改善の手を打つにも、指導できる者も不足しておるとドゥマンホス中将も嘆いておってな」

 そのドゥマンホス中将も先日、なんとかまとまった軍の編成のメドが立ったので、王国北西のエッシナに端を発した魔物のスタンピードへの対処の増援に向かうことが決定した。


 北西隣の国ケイル=スァ=イーグで意図的に仕向けられた大量の魔物によるスタンピード現象は、国境のエッシナからこのファルマズィ=ヴァ=ハール王国へとなだれ込み、マサウラームに到達し、そこまでの道中にあった町や村を蹂躙した。


 報告によれば、それ以上の進行はしていないものの、これに対処しているエッシナ駐在の軍をはじめとした北部の方面軍は、かなり苦戦を強いられているらしい。


「本来であれば、もっと戦力を送らねばならぬところではあるのじゃが……余の不明がばかりに、現地の兵や滅ぼされた町や村の民には謝っても謝り切れぬ」

 陛下の泣き落としとも取れる言葉に押されて、結局リュッグさんはその要請に応じた。


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「……で、王都周辺の砂漠を見回り兼、ハードランニング持久走大会かぁ。やっぱり新兵連中にはキツいんじゃないですかね?」

「俺もそう長々と面倒見てやるわけじゃないからな。短期間で多少なりとも力と根性をつけるには、コレが一番効率がいい」

 確かに砂漠の砂に足を取られるので、ただ走るだけでも結構な負担がかかる。


 さらにリュッグさんはあえて、いつ終わるとは言ってない。精神的にも鍛えようということなのは良く分かった。けど……


「野宿の荷物まで背負わせて走らせるのはやりすぎじゃあ?」

 個人用の小テントや鍋、万能短刀サバイバルナイフに2泊3日分の食糧と水、最低限の薬などなど―――総重量は30kg以上。全員がそれだけの荷物を背負って走っている。


「まだ鎧で走れと言わないだけマシだろう? 国からの任務次第じゃあ軍は、鎧を着こんだまま、このくらいの荷物を長距離運搬するなんて事もあるんじゃあないか?」

「う……それは、確かに……」

 ホマール隊長、そこで納得しないでくれー。

 リュッグさんのスパルタが終わっても、その理論を納得してしまったら……



「よし、陛下に提案してみましょう。この訓練を今後も取り入れてみては、と!」

「(だー、やっぱり~!! ……うん、まぁ、何ていうかスマン、未来の後輩諸君。俺は阻止するナイスな理由を思いつく頭を持っていないんだ……)」

 そんなこんなで、リュッグさんによる短期特訓メニューは、彼が指導役を終えた後も、王国の新兵訓練メニューに組み込まれる事になるんだが、それはまぁ別の話ってことで。



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