第450話 王手はチェック、詰みはメイト




 リュッグ、マンハタ、ザーイムンらタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たち、王宮の衛兵、治安維持部隊、ホマール以下王賜おうし直令ちょくれい部隊―――総勢70人以上が、カッジーラの眼前を塞いでいた。




「……ハッ、大層なお迎えだぜ。王宮で見た顔もあるな、ご苦労なこった」

 だがそれでもカッジーラはなお余裕を見せていた。

 何人か粒が見られるとはいえ70人そこそこであれば、自分とピマーレ、そして彼女の隊の子分30人でまだ突破できる数と踏んでいた。


「かーさん、返してもらおう」

「やっほー、ママー。迎えにきたよー」

「かかさま、御無事ですか?」

「母、素直に返す……なら、容赦、してやる」

「ご苦労をおかけしました、ママ。すぐにお助け致します」


 タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の兄弟姉妹たちが状況もはばからずにシャルーアに向けて、各々手を振ったり呼びかけたりする。

 それを受けて、カッジーラはさすがにマジかよと驚きを露わにした。


「その若さであんなデカいガキがいるのかよ? ……本当はけっこー年齢いってるってか、シャルーアちゃん?」

 実際、ザーイムンら男はジャッカル似とはいえ、ややシャルーアの面影も残しているし、女子2人はモロだ。

 特にエルアトゥフはシャルーアに非常によく似ている。血縁の親子と信じ込んだとしても、仕方がないほどに。


「熱は醒めてしまいましたか?」

 シャルーアは実の親子ではないと言えたところを言わずに、逆に問いかけで返した。


「フッ、まさか。むしろ余計に燃えるね。それだけシャルーアちゃんが魅力的な女だっていう証みてーなもんだからなぁ」

 カッジーラは男性としては、エル・ゲジャレーヴァのグラヴァース少将や成金遊び人だったラッファージャと同じような、ヤンチャ系なタイプだ。


 しかし、2人とは決定的な差がある。それは汚く厳しい世界を生き抜いてきた男だということ。

 グラヴァースもラッファージャも、生まれの家柄の良さに恵まれたが、カッジーラは幼少より隣国ワダンの厳しい治安にあってスラムでたくましく育ち、賊徒として歩み続けて来た真正の悪党だ。


 他人の手付きだからと怯むような精神はしていない。処女かどうか、家庭持ちかどうかなどで女の魅力は変わらない。

 むしろ他の男の影があることは、逆にそれだけ異性より高く評価される女であると、その魅力のほどを証明しているとさえ、彼は考える。


 他人のモノならば奪えば良い。自分以外のモノならば自分のモノにしてしまうだけで事足りる―――何が問題か?



「ピマーレはシャルーアちゃんを頼むぜ。傷はつけんじゃあねぇぞ、俺の女になるんだからよぉ」

「はいはい、ちゃーんと保護しますって。んじゃ、そろそろ年貢の納め時ってことで、覚悟してもらいましょーか、親分………いや、カッジーラ」

 そうピマーレが言った途端、彼女の子分たちが一斉にカッジーラの後方を覆うように展開した。


「……あ?」

「ピマーレは、潜入のための仮の名。ワダン=スード=メニダ特務佐官、フィルマー=アルハムナ。ここに、我が女王の命によりカッジーラ、貴様を捕縛する!」

 それまで気だるげだったピマーレが一転。急に雰囲気が変わり、厳しい女教官ばりの口上を張り上げた。


「……チッ、マジかよ。ワダンからずっと、か……よくもまぁ、上手い事入り込んでやがったもんだぜ、全然気づけなかったわ」

 してやられたと言葉には滲ませるも、やはり焦りは見られない。

 完全に孤立、しかも壁に空いた穴の中で上下左右は壁。前後は数十人の統率が取れるであろう敵に挟まれている。


 それでもカッジーラの腕ならば、ここから脱することは絶対に不可能とは言えないだろう。


 ピマーレが賊に扮した本当の部下達をけしかけんと命令を下し、リュッグ達もカッジーラとの距離を詰める―――と、その時


「―――やーめた。はぁ~、やめだやめ、こうなっちまったら俺の負けだ……しゃーねーから降参すんぜ」

 カッジーラはあっさりと武器を捨て、両手をあげる。


 こうして王都を騒がせたカッジーラ一味は親分の投降により、あっけない幕切れを迎えたのだった。




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 翌日。


「此度のこと貴国にご迷惑をかけた事、後日改めて謝罪の機会を設けますれば」

「いやいや、あれだけの事をしでかしてみせた悪党……ワダンにおいてもさぞ苦心なされておられたであろう。意図せず協力し、一味郎党捕えられたこと良しとしようではないか」

 フィルマーはファルメジア王に挨拶とお礼、そして謝罪を述べていた。


 長年の潜入活動により、じっくりと一味を完全壊滅させる機会を待ち続けていた彼女は今日、ワダンに戻る―――カッジーラ一味の頭目ボスという手土産をたずさえて。



 なので彼女は、自分の仕事をやりきったという表情で安堵していた。



 しかしその捕縛され、護送待ちのはずのカッジーラはというと……


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「へへ、夜這いならぬ朝這いってな、シャルーアちゃん」


 後宮の部屋で一人、入浴していたシャルーアと一緒に風呂に入っていた。


「……逃げだしてきたのですか?」

「いーや? ちょこっとお出かけ・・・・しただけさ、すぐ戻るさ。ワダンの奴らの護送にしろ拘束にしろ、抜け方は分かり切ってるんでね、へっへー」

 言いながら、シャルーアの身体をまさぐり回しつつその口を奪う。


「俺ぁ諦めねーぜ、シャルーアちゃん。必ずいつか俺のモンにしてやっから、楽しみに待ってな」

「それは……無理なのではないでしょうか??」

「大人しく縛り首になるような男に見えるかい? ま、しばらくは大人しくしといてやるさ……けど命までワダンの奴らにくれてやるつもりは、これっぽっちもねーんでね。俺のモンになるまで寂しい夜は、他の男でせいぜい我慢しといてくれよな、マイハニー」

 そういって激しくキスをするカッジーラに、シャルーアは不思議に思う一方だった。


「……変わった方です」

「それが俺の取柄とりえさ。じゃーなー」

 バシャンと水しぶきをあげて風呂から飛び出していくカッジーラ。

 全裸のはずだが、そのまま部屋のバルコニーから外へと飛び出して去っていった。



 その数分後には、まるで何事もなかったかのように護送車に戻って横になり、鼻をほじっていた。



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