第448話 急げど余裕に満ちたる男




 カッジーラとピマーレが後宮を飛び出した直後―――


「ぐ……痛ゥ……本気で蹴るとは。まぁ騙すにはそれくらいでないとか」

 リュッグはピマーレに蹴られた箇所を抑え、さすりながらゆっくりと身体を起こした。

「ピマーレは細手だけどやり手で……うぐぐ……」

 マンハタも、殴られた腹を押さえながらフラフラと立ち上がった。


「だが予定通りだな」

「色々と驚きだったなぁ。まさかピマーレのヤツが―――」

「っと、無駄口はここまでにしよう。この場をまとめたらすぐに俺達も追いかけないとな」

 2Fに上がってきた衛兵たちとカッジーラを裏切った賊徒たち。色々と説明し、取りまとめを行う必要があった。





―――王宮を出て、疾走するカッジーラ。

 シャルーアを抱き上げながらピマーレは、その後ろをついていく。


「親分。このまま本アジトに戻るの? 追手に辿られたら厄介じゃない?」

「ああ、もちろん引き払うぜ。だがその前にモルハドらを回収し、トンズラかます準備がいるからよ」

 二人のスピードは、簡単に追いかけてくる兵士を振り切った。

 王都の込み入った路地を複雑に走り、逃走方向も誤認させるよう、慣れた逃げ方だ。




 そして、走ること10分弱。

 二人は王都ア・ルシャラヴェーラ、西部中環北区オードモン工資大臣の別邸……カッジーラの本アジトへと到着した。


「お、親分、おかえりなさいやし。……あれ? ピマーレさん? あれ、他の奴らは……や、やられちまったんですか??」

「おう、モルハド。留守任せちまってすまねぇな。……まぁ他の奴らは、ある意味やられちまったっちゃあやられちまったんだろう。なぁ、マイハニー?」

 お茶目っぽくピマーレに抱かれているシャルーアにウインクするカッジーラ。

 彼にとって部下に裏切られたことなど、たいしたことではない。

 所詮はどいつもこいつも賊だ、いつどんな欲望にかられて裏切るかも分からない連中の集まり―――カッジーラはそもそもからして、手下達ありきで物事を考えてはいない。なので仮に子分が1人もいなくなったとしても、困りはしないというスタンスだった。


「んでだ、帰ってきて早速だが……モルハド、本アジトにいる奴らと荷をまとめろ、すぐにだ。今夜にはここを引き払うぜ」

「!! じゃ、じゃあ王都を出るんですかい!?」

「そうだ。残念ながらそろそろ潮時ってぇヤツだな」

 モルハドが驚くのも無理はない。そんな急なことを言われても、戸惑うのは当然だ。ピマーレは抱いていたシャルーアを床の上におろした。


「他の隊の奴らはどーするのさ?」

「ん、ほったらかすさ。王都に残って好き勝手やるも、勝手に逃げ出すもその隊の自由だ。ピマーレ、お前んトコも好きにしていーぞ。ついてくんのも構わねぇが、王都をおサラバした後はこちとらノープランだがな」

 これがカッジーラの強みだ。

 カッジーラ一味の賊徒たちは子分ではあるが、イザとなったら簡単に切り離せる。

 切り離された方も、隊単位で集団を形成しているおかげで、独立した賊集団としてやっていける。


 カッジーラは強い。個人の力も、性格も、決断の潔さや大胆さもある。たとえ一人になったとしても、余裕で何度でも何とでもやり直せる力がある。


 それが、治安に厳しい隣国ワダンが指名手配してもついぞ捕えられなかった大悪党の真髄。



「とにかく今夜だ。持ち出すモン持って逃げるぜ。ほれ、いつまでもボケっとしてんなよモルハド。さっさと動いた動いた」

「は、はいいい、直ちにぃっ!!」







――――――そして、夜。


「で、シャルーアちゃんよ。とーぜん、王宮の奴らはここに来るんだろう? いつくるんだい?」

 撤収の準備が進むのを確認するように眺めながら、カッジーラはシャルーアの肩に手を回して問いかけた。


「……と、申されましてもわたくしには何とも分かりかねます」

 実際、この本アジトの事はとっくにバレているだろう事は、カッジーラも分かっている。

 この別邸の貸主であるオードモン大臣も王の命で捕らわれたという情報が届いているし、その他の自分達と繋がっていた大臣・貴族達は続々と両手が後ろに回っているとの話が飛び込んでくる。


 そうした情報を受けて、急に王都を脱出するなんて話を聞かされた半信半疑な手下達も、さすが親分だと簡単に手の平を返し、持ち出す荷物の用意や武器の準備に勤しみだした。


 この別邸にもそう時間をかけることなく王国の兵士が押し寄せて来るのは間違いない。

 だが、それまでの時間的猶予がいかほどかは、シャルーアも答えられるモノを持ってはいなかった。



「はっはっは、まぁそーだろうなぁ。んなトコまでキッチリ示し合わせてたってんなら、考えた奴はとんでもねぇ」

 いつ兵士が踏み込んできてもおかしくない危急の時だというのに、カッジーラはまるで余裕だ。大笑いしている様には焦りというものが微塵もない。


 それがシャルーアにはとても不思議だった。



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