第447話 後宮脱出




 カッジーラは、さすがというべき実力者だった。


「はっ、この程度かてめーら!」


 ザシュッ、ドカッ、ズドッ


「ぐっ!」「やりやがるっ」「さすが……囲めっ、1人で当たるなっ」

 敵となった以上、いかにこれまで信頼していた手下といえど、一切の容赦なし。加えて剣にしろ格闘にしろ、その動きの冴えはもちろん、センスが半端ない。


 全て我流ながら、多勢に無勢を感じさせない立ち回りと戦いっぷりは、なるほど、王宮に真正面から突入し、暴れ回っただけの事はあると痛感させられる。



「(……つーてもこのままじゃあそれこそ限界きちまうな、そのうち……てぇなると、だ)」

 カッジーラはチラリと左右をうかがった。

 この機に乗じて後宮の外にいる衛兵たちが何もしないわけがない。確実に脱出経路は抑えられていると見るべきだ。


「(塞がれちまってること前提として、一番マシなのは……っと)」

 剣を振るい、隙を見せることなく襲い来る相手を蹴散らしながら今度は天井をうかがう。

 光を取り込むためのガラス。突き破れば2Fへと抜けられる。カッジーラの跳躍力があれば容易い。


「(前の出口や奥へ走るのは正直出目が悪ぃな……いけそうなのが上だけか)」

 出口はいわずもがな、王国の衛兵がひしめいている。強行突破の足が止まれば挟み撃ちだ。

 後宮の奥へ走るのも危ない。敵がすでに回り込んでいた場合、ますます逃げ場がなくなってしまう。


 そうなると一番可能性があるのが天井を破っての2Fだ。

 今まで自分達が後宮に居座っていたので、上層階に誰もいないのは把握している。裏切った手下たちは全員このロビーにいて、この場にいない顔はない。2Fで敵に待ち伏せされているという可能性は低い。


「……けど、保険は必要だよなぁ、やっぱよっ!」

 壁に両脚つけて勢いよく跳ぶ。

 カッジーラは裏切者の手下達を斬りながら、ロビー中央へと急速に移動した。



   ・

   ・

   ・


 そして、数分後――――――後宮2F。


 ガッシャーン!!!


 けたたましいガラスの割れる音と共に、カッジーラが2Fへと飛びあがって来た。


「! そこまでだ、カッジーラ」

 リュッグがシミターの刃を向ける。2Fの床に着地したカッジーラは、さほど驚くこともなく、やっぱ待ち伏せられてたかと言わんばかりに振り向いた―――その懐には……


「! シャルーア様!!」

「ん? なんだマンハタ、お前も裏切り者かよ。はっ、女のケツ追いかけた末に、尻にしかれちまったかぁ? まー、そんなお前を笑う気も、咎める気もねーがな」

 カッジーラは、シャルーアを捕まえて2Fへと上がった。

 もし待ち伏せされていた場合、その敵は確実に王宮から後宮2Fへと直接乗り込んできていた者―――つまり、王国側の人間だ。後宮に入っていたシャルーアは、いい人質になる。


 もっとも待ち伏せていたのは意外にも2人だけで、しかも片方は裏切者……カッジーラは面白いとばかりに不敵に微笑む。


「月並みな台詞で申し訳ねーが…… “ こいつがどーなってもいいのか、道をあけろ ” って言わせてもらおうか」

「まさしく月並みだな。だが、シャルーアは覚悟の決まっていない子じゃない。人質にする者を間違えたな、カッジーラ」

 リュッグがじりじりと間合いをつめる。その距離の詰め方は、人質を気遣うものではない。完全にやる気な詰め方だった。


「(! マジか、人質おかまいなしに戦る気かコイツ……)」

 だがシャルーアは脱出のための人質であると同時に、カッジーラ自身が欲しい女でもある。

 奇妙な反転現象ではあるが、カッジ―ラはシャルーアを護りながらリュッグと刃を交わす事を余儀なくされた。


 ヒュッ、ギィインッ!!


「ちっぃ、やるっ……な、オッサン!」

 一太刀で分かる。

 刃の軌跡やちょっとした身のこなしが、一朝一夕で出来るようなソレではない。

 自分よりも年配の男―――おそらくは経験値による強さでは劣る。だが……


 シュッ、カカカッー……ンゥン!!!


「っ、鋭い……片手で人一人抱きながらこの剣技かっ」

 リュッグは奥歯を噛み締めた。

 おそらく技や体力など、実力でいえばカッジーラは遥かリュッグの上をいく。

 賊の頭という、常に追われる立場にある生を生き抜いてきただけあって、その剣にはためらいや迷いがない。

 非常に攻撃的ながら粗さが一切ない見事な腕前。同業者たる傭兵の中に、比肩する人間が思い当たらないほど、カッジーラの強さにリュッグは感服した。


「(マンハタは―――無理だな、シャルーアを抱いている状態のカッジーラに攻撃を繰り出せない)」

 万が一にでも心酔するシャルーアに攻撃が当たりでもしたらと、恐れているのが良く分かる。


 2対1だが、実質1対1だ。しかもカッジーラはシャルーアを抱いての戦いというハンデ付き。

 だが実際はそれでようやく互角という状態だった。


「(やるな。このオッサン、何だかんだ言いながらも、彼女に攻撃が当たらねぇよう、上手く繰り出しきやがる。しかも、こっちはあんま時間かけられそうにねぇな……)」

 正直、カッジーラは焦り出していた。

 聴覚が後宮の階段を駆け上がってくる足音を捕える。階段の場所は結構奥まったところで遠めではあるが、裏切者たちや衛兵がここまで来るのに何分と時間はかからないだろう。

 目の前にはバルコニーが見えている。飛び出してその勢いのままに王宮も貫いて脱出したいところだが、そのためには立ちはだかるリュッグとマンハタを排除しなければならない。


 久しぶりのピンチだ―――軽く楽しくなってすらきたカッジーラが、腹をくくろうとした、その時


 ヒュオッ……ドガッ、ドクッ!


「っ、ぐ……」「がふっ!? ……お前は、……ぴま……ぁれ………」

 バルコニーの方から飛び込んできた影が、一瞬でリュッグとマンハタを蹴り、あるいは腹を殴って、ダウンさせた。



「ピマーレか!?」

「これは一体どーゆー祭りですか、親分?」

 飛び込んできたのは分隊の一つを任せているピマーレだった。


「ナイスタイミングだ、よく来たな?」

「親分が王宮に乗り込んで、それなりに時間経ったし、裏でこっそり王宮の宝でも盗ってやろうかなと思ったら、遠目に何やらピンチそうに見えたんですよ。……気ぃきかせ過ぎましたか?」




「いいや、来てくれて助かった。このカワイ子ちゃんを頼む、こっから飛び出して、王宮突っ切って一旦アジトに戻るぜ」

 そういってカッジーラは、シャルーアの身柄を渡す。


「はーい、じゃあお任せーってことで」

 ピマーレはシャルーアを抱きとめると、バルコニーに向けて走り出したカッジーラに続き、後宮2Fから躊躇うことなく飛び出した。


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