第446話 後宮ロビーを完全包囲せよ




 転機は来た。

 後宮に居座っていたカッジーラ一味の動きに変化が生じる。




「状況は?」

 衛兵たちと一緒に現地にいたラフマスとマンハタに、駆け付けたリュッグが端的に聞く。


「よくは分からないけど同士討ちらしい。混乱状態で、衛兵さんらも下手に突入はしづらい感じで様子見ってとこ」

 即座にラフマスが答え、それを聞いたリュッグはマンハタに視線を移した。


「カッジーラについていた手下は、一番の信頼を置いていた側近たち―――親衛隊といってもいい奴らのはずだ。実力だけじゃあなく、忠誠心も連携力も本物なヤツらのはず……」

 元カッジーラ一味だけに、さすがに詳しい。だが、だからこそ同士討ちを起こしているというのが信じられないと、驚きの表情でマンハタは今一度、後宮入り口の方をうかがう。




「……と、言うことは、シャルーアが何か仕掛けたのだろう。だが無暗むやみに突入するのは危ういな」

 混乱した場に飛び込むと言う事は、敵味方が曖昧な乱戦状態になってしまいかねない。

 しかも後宮の入り口からすぐのところは、それなりの人数がたむろできる広さのロビーとはいえ、すでにカッジーラ一味の人数だけで20人前後がひしめいている状態だ。

 ここに衛兵たちやリュッグらが飛び込めば、かなり手狭な戦場となってしまい、危険が大きい。


「アンシー、エルア。後宮の他の部屋の窓なりから潜入して、奴らの奥側へと回り込めないか? イザとなったらそれこそカッジーラが入り口から反対側に脱出路を求めるかもしれない……もし遭遇したら、出来る限り殺さずに身動きを封じて捕まえるんだ」

「オッケー! 任せて!」

「はい、行ってきます、リュッグさまっ」

 アンシージャムンとエルアトゥフがその場からシュバッと高速に飛び出し、それぞれ後宮の外壁に飛びつき、そのまま壁走りで建物の裏側に向かっていく……さすがの身体能力だ。



「ザーイ達は衛兵たちと共に正面を頼む。様子を見て、突入できるタイミングかどうかを自分で判断し、やってみろ」

「分かりました、任せてくださいリュッグさん」

「ん、やる。俺、頑張って……考える」

「上手くやらねば、かーさんに傷をつけてしまう……慎重にだな」

 やる気にはやらず、慎重に状況を見極める。

 これまではリュッグがそれを担ってきたが、そろそろ本人たちにも難しい状況判断をやらせるべきだ。


「ラフマスさんは衛兵たちと彼らの仲介を頼む、マンハタさんは俺と来てくれ」

「おう、任せてくれ、気をつけてな―」

 ラフマスにザーイムン達を任せると、リュッグはいずこかへと駆け出す。

 その後を追って、マンハタも走り出した。




「それで、何をするんだ? 俺ぁシャルーア様のためなら何だってやるぜ?」

 頼もしい言葉だ。本当にシャルーアに心酔しているのだというのが伝わってくる。


「俺達は後宮の2階にいく……つまり上だ。カッジーラが入り口も後ろも塞がれた時、天井を破って逃走経路を作らないとは限らないからな―――まぁ、念のためのポジションってぇことになる」

 とはいえ、確実に逃さないためには必要だ。

 しかもマンハタは元カッジーラ一味……連中との接触はやはり気まずいだろうというリュッグの気遣いも含まれる。


「確かにあの男は、追い詰められればそんくらいの事はするな」

 実際、カッジーラ個人は我流ながら相当な戦闘力の持ち主だと、既に聞いている。 

 後宮のロビーは、光を取り入れるために天井の一部、中央辺りがガラスになっているので、これを破って2階に逃れようとする可能性は低くはない。


「状況次第ではあるが、万が一の場合は俺達が捕えないといけないかもしれない。……大丈夫か?」

「馬鹿にするなよ? 俺はシャルーア様の下僕……あの方と比べりゃ、カッジーラなんぞ屁でもねぇ奴だ」

 そもそも賊の集団とは、自己利益を根底として結びついている。

 この男についていけば自分もいい思いができる、この男なら間違いない―――あくまでも頭が自分に利益ある存在かどうかが、従うか否かのポイントで、それは限りなく低次元で拙いモノだ。


 だが今のマンハタは、本当の意味での忠誠というものを、シャルーアに抱いている。

 古巣のトップを前にしたところで萎縮したり気圧されたりする心配はないだろう。


「……まったく、本当に不思議な子だ、シャルーアは」

 人間として一癖も二癖もある賊徒を改心させ、かつ心酔させてしまう。しかも本人にはその自覚はないと来ている。

 自然体でそれを成してしまっているという事実にリュッグは笑みをこぼす。


「っと、この辺りからならいけそうだな。跳躍力に自信はあるか?」

 そこは王宮2階の後宮の2階テラスが望めるバルコニー。

 比較的距離が近いとはいえ、そこそこ頑張って跳ぶ必要がある程度には遠い。


「やるぜ。このくらいどうってことは―――」




「ちょっと待ちなさい、マンハタ。……フゥン、まさかアンタがねー?」


「「!」」

 リュッグとマンハタはギョッとして声のした方を見る。同時に臨戦態勢を取った。


「そう身構えなくってもいいんじゃない? 予想外で面白い展開だけどさ」

「お、お前は……」

 歩み寄って来る相手が王宮壁の落とす影から出てきて姿が徐々に見えてくる。

 それを見たマンハタは、これでもかと驚きをあらわにした。


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