第445話 女神の袂に寝返った賊徒たち




「親分、いい加減にしてくだせぇ、これじゃあ俺ら、ジリ貧ですぜ!」

 手下の1人が意を決してそう言ってきた時、カッジーラは非常に驚いた。


「……現状に文句がある、ってぇ言いてぇんだな?」

「ええ、そりゃあもう! いくら俺らがバカでも、今がどんだけヤバいかぐれぇわかります! なのに親分は、日がな一日中、女とイチャついてるだけじゃあないですか」

 実のところ、こういったシチュエーションは初めてのケースじゃない。

 ワダン国内で活動していた頃、同じようにカッジーラ達を追い詰め、しかしカッジーラは立てこもった貴族の屋敷で、その家の貴族夫人を人質兼遊び道具として弄び続け、包囲する敵への対応は手下達に任せていた。


 その時はカッジーラに対して全幅の信頼があり、親分の何もしない態度を疑う者はいなかった。しかもその結果は多額の身代金の獲得と、まんまと相手を出し抜いての全員生存を成して見せたという、正の前例がある。


 にも関わらず、その時と同じ手下たちが今度は不満を爆発させてきた―――それはカッジーラにとっては違和感しかなかった。




「(確かにあの時と比べりゃあ、相手も場所も違う……単純に比較なんてできっこねぇのは分かるが……――)――そーだな、どーやらこんだけ時間かけてやっても、御大臣サマ方は・・・・・・・上手くやれなかったみてぇだし? そろそろ次の行動に移らなきゃあなんねぇな」

 カッジーラは、さも通じている大臣達の動きを待っていたかのような台詞を吐く。

 一瞬、手下の表情から不満の色が和らいだように見えた、が―――


「親分、結局何だったんですかい? ここに留まっていた意味ってぇのは」

「(? なんだ、やけに食い下がってきやがるな……――)――1つは大臣のご要望通り、王の命を狙うためだ。後宮っつー自分の庭に居座られてちゃあ、そのうち我慢ならんってなもんで、姿を見せると踏んだんだが……そいつのアテは外れたのは違いねぇ」

 後宮という意心地のいい建物は、居座るにも快適だった。穴倉や日のささないアジトに隠れ潜むよりかは、手下達も悪くない日々を送れていたはずだ。


 加えて、確かに自分が1人だけしかいなかった女を独占してしまっていたのに不平不満を覚えさせたところはある―――が、一味の中でも特に自分が信頼に値すると思っていた奴らが、そのくらいの事で四の五の言うのが、カッジーラにはいまだ解せない。


「もう1つは俺らに注意を向けさせておいて、裏でお大臣サマどもがやりたい放題しようって話よ。よーするに、俺らがここで粘りまくりゃあ、それだけブタどもは肥え太れるってぇワケだ……もちろん、いただくモンはいただく気でいるがな。それで、納得はいったか?」

「……ええ、まぁ……ですが親分、正直に言わせていただきやすと、今回は綱渡りが過ぎると感じてまさぁ。見返りはちゃんと期待できるんですかい?」

 言われてカッジーラは、少し思うところもあった。

 なにせ今回、後宮を包囲しているのは1国の衛兵だ。それも本来は王の御座を守護するエリートたちである。

 パッと見る限り、連日の玄関口での攻防で手下達は相応に手傷を負ってしまっている。

 重傷者には、人質であるはずのシャルーアが手当ての手伝いをしているほどだった。

 以前のケースと比べ、今回は確実に手下たちに大きな負担をかけてしまっている。


「(んー、ちいとばかしキツかったか。まぁ、まだ死人が出てないだけいいだろう、いまさら覚悟のキマってねぇわけでもあるまいし、彼女も手伝って―――)」

 そこでカッジーラは、ん? と思考が一時停止する。


 ……なぜ、シャルーアが怪我人の手当てを手伝っている? 両腕は縛っていたはずではなかったか?




「……おい、誰だ? 人質の拘束を解きやがったバカは?」

 醸し出す雰囲気に、みるみる真剣味が宿っていく。彼女を愛でていたカッジーラでさえ、その最低限度の拘束は決して取りはしなかったというのに。


「……親分。悪いが」

「もう、あんたには」

「ついてはいけねぇ」

「俺達は」

「目が覚めたんだ」

「恩をあだで返すのは」

「心苦しいが……」

「あんたもここで」

「終わってもらう」


 その辺でのんびりとたむろしていたはずの手下達が、一言ずつ発しながら立ち上がる。

 そして、最後に重傷者の手当てを終えて、包帯をキュッと縛り終えたシャルーアが、すっくと立ちあがり、ゆっくりとカッジーラを見た。


 その表情は今までと何も変わらない―――が、何か神秘めいた雰囲気が感じられる。


「………おいおい、マジか、お前ら。……いつの間にこいつらをかどわかしたんだ、シャルーアちゃんよ?」

 その光景にカッジーラはゾクッとした。


 この王宮、そして後宮に居座り、今日まで共にしてきた最も信頼厚い、自分を決して裏切るはずのない手下をすべて―――られたという確信と共に、少女を見る。


「(いや……ありえねぇ話じゃあねぇか。俺でさえ心を奪われちまった女なんだからなぁ……へへ、やるじゃあないか?)」

 しかも、ただの少女ではない。明らかに。



 カッジーラはピーンと張りつめた場の空気の中、いつ爆発してもいいように、不敵な笑みを浮かべつつジリジリと臨戦態勢を取った。



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