第444話 自分磨きの何たるか




 密かに……しかし大々的にファルマズィ=ヴァ=ハール王国の浄化は進む。




「貴様らっ、このワシをボットゥーハと知っての狼藉かっ?!」


「私をこんな目にあわせて、ただで済むなどと思っておるまいな?」


「名門アルマダーダルの次期当主に乱暴を働くなど、許される事と思うな!」




 リュッグ達と治安維持部隊が手分けして大臣や貴族らを摘発していく。もちろん彼らは裏でカッジーラ一味と繋がり、甘い汁を吸っていた者達なのだが―――


「どいつもこいつも、家柄と地位を盾にしようとするのが滑稽だな」

 権力者とはどこでも似たようなものだ。

 自身個人に1人の人間以上の力などなく、ただ影響力ある家に生まれた事や社会的な地位や立場というあやふやで絶対ではないモノを頼みに、世の中のあらゆることは押さえつけては下に見て、自分が強権を振るえる者だと自信たっぷりに振る舞う。


「人間、おろか……リュッグさんは違う、けど」

「はは、ありがとうよ、ルッタ。まぁ俺もそんな立派な人間のつもりはないが、少なくともああいう醜い輩とは同列に見られない程度にはありたいものだよ」

 連行されていく大臣やら貴人らは、本当に滑稽だった。


 平静で盤石な時はふんぞり返り、多少なりとも威厳らしいものを醸している彼らだが、こうしてその地位も何もかもをイザ失うという時には、笑えるほどその小者こものな本性をあらわす。


 結局のところ、財力権力にしがみつく輩というのは、根っこのところで何も持ってはいない。多くの人間よりも多くの欲求を満たし、幸福で貪欲な人生を送れたとしても、生命としてそれは、不健全極まりないものだ。



「ザーイ達もよく覚えておくといい。野に生きる生物は生きるために自分自身の命を賭けて己をぐ。だが自分以外の何かを自分の力と勘違いし、いかに満たされようともロクな人生を送らなかった者は、あんな風に醜い本性を持ってしまうものだということを」

「うん、わかります、リュッグさん」

「日々、精進する。終わりは、ない……ということ」

 ザーイムン達は、リュッグの言わんとすることをよく理解し、ウンと大きく1つ頷いた。


 リュッグは本当によく学んでくれる優秀な子達だなと微笑ましく感じる。


「そういえばアンシー達は今日はどうしたんだ?」

 昨日までは一緒に大臣捕縛に行動していたアンシージャムンとエルアトゥフだったが、今日は何やら居残ると言ってついてこなかった。


「ハルマヌークさんとお話したいそうです。子供について色々と聞いてみたいと言っていました」





――――――ヴァリアスフローラ私邸。


「そっかー、まだまだ自覚はないんだー?」

 アンシージャムンが興味津々にハルマヌークのお腹を注視する。

 といってもまだ膨らみなどまるでないので、そこに子供がいるというのも、あまり信じられないような感覚でいるようだった。


「うん、あと1ヵ月少々くらいしたらそれなりにお腹が大きくなってきて、体感にも違いが色々出てくるよ。半年もすると、辛い症状とかも増えてくるだろうねぇ」

 二人にそう語りながらも、ハルマヌークはどこか他人事のような語り口だ。

 さほど妊娠生活には不安などは抱いていない、いつも通り悠々とした態度だった。


「そろそろ陛下にも、さすがに言わないとだけど……タイミングが難しくってね。ヴァリアスフローラ様、ホントどうしましょ?」

 陛下に待望の御子が出来たことが広まれば、大臣達が黙っていないだろうという懸念もあって、ヴァリアスフローラと今の所は秘しておくとしてきたが、さすがに長々と吉報を伏せておくのもよろしくない。

 どこかで報告はしなくてはいけない、最低でもファルメジア王には伝えなければいけないだろうと、ハルマヌークは懸念を覚えていた。


「賊と繋がりのあった大臣貴族がすべて拘束された後がよろしいと思いますが……状況次第、としか今は言えませんね」

 ヴァリアスフローラもタイミングをいかにするかは悩ましいところだった。

 自身もハルマヌークに先駆けて妊娠中であるために、そろそろ身体的にも身動きが取りづらくなってくる。

 あと1、2ヵ月もすれば本格的に出産に向けた休暇に入らなければならなくなる。なので、それまでには諸々の直近の懸案が片付き、陛下と王都に吉報をもたらし、安心して自分も(リュッグの)子供を産む……というのが理想の流れだ。


「シャルーア様もお助けしなくてはいけませんし、色々と余談を許さない状況ですわね、お母様」

 ルイファーンは身重になりつつある母を気遣い、その仕事の手伝いの比重を日々高めている。


 死んだ父親にかわって家督を継ぐ事もあり、後宮教育係のヴァリアスフローラの仕事くらいは些事で済ませる程度にはやれなければならないが、それは平時に限ってのこと。

 ファルメジア王や後宮の側妃らがこうして王宮外に避難してきている以上、その基本的なお世話や統率など、ヴァリアスフローラが担っている仕事は重要度が高く責任も重い。

 まだ年若いルイファーンにはやや重荷らしく、その両目にはやや疲れの色が浮かんでいた。



「リュッグさんは大きな転機がそのうちやってくる、とおっしゃっていましたから、その時まではぐっと我慢、ですね!」

 エルアトゥフは両拳を握りしめ、頑張りましょうと気合いを入れるジェスチャーを取った。



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