第443話 賊女も何かとラクじゃない





―――リュッグ達がカッジーラの依頼人クライアント潰しに動くその頃



「……ふぅーん? 親分はまた、随分と派手にやってることで」

 ピマーレは、あくび混じりにカッジーラ親分の後宮占拠と、王宮衛兵との戦闘の現状についての報告を、下っ端から聞いていた。


「どうしやすか、姉御? 親分に加勢しやすか、それとも親分に目がいってるうちにこっちはこっちで好きにしやしょうか?」

「どっちもパス。ピリピリしてるトコにわざわざ油を注いでも……火が飛び散るだけでしょ?」

 そう言うと、下っ端は明らかに不満そうな顔を浮かべた。


 このところピマーレ隊はかなり大人しくし続けていて、ロクに賊徒として仕事をしていない。

 最初の頃の勢いで稼いだ分があるので、まだまだ余裕があるとはいえ、賊徒として活動したい欲求を、下っ端たちは抑えられなくなりつつあった。



「(……ホント、面倒なんだから)」

 もちろんそんな事はお見通しなピマーレだが、正直今、何かをするのはあまり都合がよろしくない。

 なにせ後ろ盾の大臣たちがあまり芳しくない状況にあるからだ。


「(カッジーラの王宮強襲はさすがといいたいところだけど、そのせいでこっちのお取引先も動きを小さくしてるから、厄介なのよね)」

 事実、他の分隊は迂闊な動きをして治安維持部隊にやられてしまっている。

 それがあるからこそ、ピマーレ隊の下っ端達も渋々、ピマーレの慎重姿勢に従って来た。

 だが、そろそろ我慢も限界といった雰囲気になりつつある。


「ふーん……そうしますと一つ、確かめないといけない事がありますね」

「? 何でしょうか、姉御??」

お大臣サマたちスポンサーの現状。後ろ盾が機能してるのかいないのか、ハッキリさせとかないと、計画の建てようもないでしょ?」



 






 ……ピマーレはとある酒場を訪れ、カウンター席に座った。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

レオ・ドーコフ獅子粉塵の熱酒

「! ……しばらくお待ちください。ご用意の間、バーム・ホック樹液蒸留酒などいかがです? サービスしておきますよ」

「それならダートレー安物の濁り酒をお願いしよう」

「……。かしこまりました、ご用意いたします」


 何気ない酒の注文のやり取り―――接触のための合図。


 この酒場はカッジーラ一味と繋がりある大臣の1人がオーナーをしている。


「(店員の様子を見るに、問題が発生してるようには見えない……)」

 しかしいつもよりも緊張感がある。店員の態度から、何か警戒しているような印象を受けた。


「お待たせいたしました。こちら、ダートレーでございます」

 注文した濁り酒―――だが本命はその下敷きコースターだ。

 ピマーレは無言で酒の入ったコップを取り、口に運びながら横目で下敷きの裏を伺った。


  ―― 不可・待ち ――


 そうシンプルに書かれた文字は、一見するとその下敷きを商品として酒場に納入した際の、業者が書いた業務用文字のように見える。


 だがピマーレはそれを見て、軽く目を細めた。


「(面会は不可能、しばしこのまま待て……ね。何かあったね、やっぱり)」

 王宮に賊徒の頭が殴り込み、居座っているのだ。

 大臣クラスは軽率に自分達と接触など出来ないししていられない。しかしそれならば “ 不可 ” だけでいいはず。


「……オーダー、いいかしら。ワッマ乳酒カクテルを1杯いただける?」

「かしこまりました」

 これはシンプルにただの注文だ。しばらく待たされるようだから、ピマーレはしばし、普通に酒を楽しむことにした。



  ・

  ・

  ・


―――途中、ウザいナンパ男の股を蹴り飛ばし、酒を4杯挟んでの約1時間後。


「大変お待たせいたしました、お客様。こちら、レオ・ドーコフ獅子粉塵の熱酒でございます」

「……」

 高級そうな透明なグラスに注がれた1杯の酒。その半透明の液体を通してのみ見える特殊な文字が下敷きコースターの表面に書かれていた。


 ―― 不通・不明 ――


「(……これはやられたね)」

 その言葉の示すところはオーナー……つまり大臣に、この酒場から連絡が取れず行方も掴めない状態にある、という意味だ。

 通常、自分達のように後ろ暗い人間と繋がり、取引を行う以上、この酒場はその仲介連絡役として常に大臣と連絡が取れなければいけない。


 だがそれが不可能な状態にあるというのは、完全に緊急事態だ。




「(これは、事態が一気に動きそう……。そろそろ・・・・頃合か)」

 ピマーレはゆっくりと1杯を嗜む。

 さらにもう1杯、別の酒を注文し、のんびりと楽しんでからその酒場を後にした。


「ありがとうございました、またのお越しをお待ちしております」

「ん。その機会があったら、ね……」

 果たしてこの酒場が存続していられるかどうかは、ピマーレの知るところではない。

 余計に1杯飲んだのは、多少なりとも売り上げに貢献してやろうというお情けだ。


 仮に酒場が潰れることになったとしても、失職するスタッフの退職金は、いま店にある金を分配して支払われることになるであろうことが、容易に想像できたから。



「(さーて、大臣連中が吊し上げられ出したってことは、そろそろ佳境だし、こっちも動き出す必要がでてきたわね)」

 ピマーレは一人、王都を歩く。

 が、アジトへと戻るその道の途上、彼女は何気なく何度か指を鳴らす。


 いずれの場所においても、その合図を受け取ったのは、彼女の死角にいた人間ばかり―――ピマーレの本当の・・・部下達が今、動き出した。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る