第442話 立てこもる男達に女は一人だけ




 本来、後宮には王の女がわんさかといるはずだった。


 ところが、カッジーラが王宮を暴れまわり、それに手下達が続いた果ての後宮には、たった1人を残して女など残ってはいなかった。

 しかもその1人を親分が懇意にしているとなると、手下達にありつける色はない。


 それどころか後宮に立てこもる形となり、日々王宮の衛兵とやりあい続ける。




 カッジーラに信頼厚い者達は、すなわちカッジーラを信頼してついていく者達である。並みの賊徒とは違い、そこには欲求不満など生まれるはずはなかった―――否、生まれたとしても、それで親分を妬んだりするような感情は抱かないはずだった。


 だが利益なく、逃げ場なく、親分は女とイチャつき、自分達は衛兵と後宮の入り口付近で押し退きするばかりで、彼らの感情にはトゲが生え始めていた。



「くっそー……こっからどうすんだよ」

「だいたい、なんで立てこもるんだ?」

「な。親分も女を手に入れてご満足なら、連れてさっさと引き払っちまえばいいものを……」

「親分のことだから、何か考えがあんだろーけど……うーん、わかんねぇな」



 最大の謎は、カッジーラが後宮に居座った理由だ。

 シャルーアを人質にして20人少々の直属の手下と一緒に立てこもり始めてはや数日が経過する。


 その間、何をするでもなくただ人質の女とイチャイチャしているだけ。

 シャルーアの密かな働きかけを別としても、手下の賊達の不安は募っていた。








――――――ヴァリアスフローラの私邸。


「カッジーラが後宮に立てこもる理由は、おそらく王をおびき出すためだろうな」

 リュッグの推測に、当のファルメジア王が首を傾げた。


「それは……余をおびき出す意図があるがゆえに、後宮に立てこもっておると? しかし、それは何故か??」

「カッジーラの目的、それは恐らくファルメジア王……貴方あなたの殺害です」

「む」

 一気にファルメジア王とその護衛の兵や王宮関係者、後宮の側妃らの表情に真剣味が宿る。


 リュッグは一拍おいてから続けた。


「おそらくカッジーラの意志によるものではないでしょう。王宮に乗り込み、暴れ回ることで、勢いを損ないつつある自身の手下達に熱を入れるという副次効果は期待してはいるでしょうが」

「……つまり、余を殺害せんとするはいずれかの大臣の意、ということか」

 リュッグは頷き、そして軽く自分のアゴを撫でてから続ける。


「ええ、そうです。そもそもカッジーラ一味にとって、ファルメジア王の命を狙う意味はない。殺害に成功したところで最大級の犯罪者として一生、この国より血眼で追われる事になるだけで、利益が一切ない―――おそらく、王の命を狙う大臣が、カッジーラ一味を実行犯にし、その影に自分は隠れ、安全にファルメジア王を排除する……そんな算段なのでしょう」

 汚れ仕事に裏社会のゴロツキを利用するなんて話はよくある事だ。

 しかも王は高齢で、後継に恵まれていないときている。更なる権力―――この場合だと直接王位すら狙おうというような大臣・貴族が、カッジーラ一味を王を殺害させようと働きかけた可能性が高い。



「ですがリュッグ様。後宮に立てこもることでどうして陛下をおびきだす事につながるのでしょう?」

 ヴァリアスフローラがそこは繋がらないのでは、と疑問を呈した。


「後宮は王の庭―――通常であれば、そこを賊徒に占拠されているという状態は王の、ひいては国家の沽券にかかわる。しかも後宮は王宮のさらに奥まった場所にある。中枢の最奥までも賊の侵入を許し、居座られているという風聞を嫌う権力者は多い……そういった算段なんだろうが」

 そう言いながらリュッグはファルメジア王を見た。一つ、カッジーラに誤算があるとすると、今代のファルメジア王はそうした権威的なところをさほど気にはかけない人物だということだ。

 場所や建物よりも人―――後宮のスタッフから側妃までこうして無事に避難完了している以上、カッジーラ一味の前にわざわざ出ていく理由はない。


「しかし、まだシャルーア様がかの者どもに捕らわれて」

「シャルーアなら大丈夫です。カッジーラは無碍むげには扱わないでしょう。いや……それどころか、今のシャルーアならもしかすると……」

 そもそも後宮の人間を避難させることも、一人残る事を決めたのもシャルーアだ。つまり彼女は後宮にカッジーラ一味が乗り込んでくることを何となく感じていた。その上で提案したことだと言うのであれば……


「(シャルーアなりに、何か考えがあってのことだろう――)――ともあれ、カッジーラの狙いはあくまで依頼されたファルメジア王の殺害です。避難し、行方の分からない王を探し回るよりも、王位にある者のプライドをくすぐり、向こうから来てもらおうという事から後宮に立てこもっている」



「後継持たぬ余を亡き者にし、王座を狙うためか……考えていそうな大臣ものは、何人か心当たりがある」

「なら、今の我々がすべきことはその根の方を掘り出すことでしょう。依頼人クライアントが潰されれば、カッジーラ一味も律儀に王殺害を遂行する理由はなくなるでしょうから」

 加えて時間が経てばたつほど、後宮を包囲することは容易くなる。

 何ならカッジーラに繋がる大臣や貴族を潰している間にも、王宮の衛兵たちが後宮を取り戻し、カッジーラ一味を捕縛するまで行くかもしれない。


 シャルーアという人質を前面に示されれば簡単にはいかないが、それでも現状ではまだ、こちらに多くの分があると、リュッグは確信した。



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