悠々自適に去る嵐

第441話 後宮の人質は密かに仕掛けている




「………」

 昼。何もすることがないシャルーアは、無言で天井を見上げていた。


 後宮の入り口中心、ロビー真正面の部屋はすっかりカッジーラの居室のような状態になり、別の部屋から運び込まれたベッドの上で、彼女は仰向けになっている。


 特に思うことはない―――再会したカッジーラに、あのあと後宮に入ることになり、新参の側妃として先輩たちの避難を見届けていたため、一人残っていたという嘘を平然と言ってのけ、怪しまれることなく両手を縛られ、人質となってからは毎夜カッジーラの抱き枕にされ続けている。





――――――カッジーラ一味が後宮に立てこもりはじめてから3日。


 彼らがわざわざ後宮に立てこもる理由をシャルーアは、特に何かを考えることなく、ぼんやりと理解しかけてくる。


 その意味でも、事前にファルメジア王やハルマヌーク達に避難を促したのは正解だったと強く感じていた。


「よ、マイハニー。退屈かい?」

「……特にすることはありませんので、退屈といえばそうかもしれません」

 恐れるでもなく、不安げにするでもなく、ずっと両手を縛られたまま過ごさせられている事に不満を抱くでもなく―――あるがまま、ありのままなシャルーアに、カッジーラは愉快そうに微笑んだ。


「本当に不思議な女だ―――まぁいい、退屈しのぎってぇワケでもねぇが、ひとっ風呂浴びようぜ」


  ・

  ・

  ・

 

 シャルーアは何もしない。ただカッジーラの好きにさせているだけだ、昼も夜も。だがそれで十分だという事も、シャルーアは理解していた。


「(……ちぇっ、まーたイチャイチャしやがって)」

 そんな声が時おり漏れ聞こえる。それは、自分に対しての陰口―――ではない。

 向けられているのは親分のカッジーラにだった。



「ふーぅ、いい湯だったな。さすがに後宮ともなりゃあ設備は最高……ちとハッスルし過ぎちまったかもしんねぇが、のぼせてねぇかい?」

「はい、私は大丈夫です。……むしろ、あなたの方が平気でしょうか?」

 入浴中もシャルーアを深く愛でたカッジーラは、やや顔が赤い。

 先ほどの手下の陰口にも気づいてないようで、確実に軽くのぼせている。


「なーに大丈夫だ。こーみえて鍛えて……っとと」

 言ってるそばから軽く身体をよろめかせる。

 肩を抱かれていたシャルーアは両腕を縛られたままなので、身を寄せてカッジーラを全身で支えた。


「ははっ、すまねぇなぁ。やっぱちょっと、休んだ方が良さそうだ。膝枕してくれよマイハニー」

「それは別に構いませんが……お先に、冷やすものをお召し上がりになられた方が良いのではないでしょうか??」

「大丈夫大丈夫、ちょいと休めば問題ねぇさ」

 そう言って、シャルーアをベッドの上へとあげると、カッジーラはそこへ倒れ込むように身を預けた。


 女の子座りするシャルーアの太ももの上に、頭を預ける形を取る―――が、その顔面は彼女の身体……下腹部に向かう形だった。



「は~……いーい、匂いだ……」

 そう言いながら、彼女の腹部に口をつけ、ソフトキスをして軽く表面を舌で舐めるようにしながら離す。


「絶対に俺ので種付けてやるからな……お前は、俺の……モ……ノ……―――」

 あっさりと眠りに落ちるカッジーラ。

 シャルーアは両手を縛らせているだけで他は自由だ。にもかかわらず無防備に身を預け、眠るなど普通ではありえない。


「……ふぅ、この術も上手くできました。他の方と繋がる・・・のはやはり難しいです」

 シャルーアは胎内に入っているカッジーラの子種を利用し、“カッジーラの周波数” に合わせることを試みていた。

 それは、アムトゥラミュクムより学習した力の使い方の応用だ。他生物を感じとり、場合によってはその感じとる繋がりを利用して何らかのアプローチをその生物に行うことが出来る。


 自分を手にせんと孕ませる意欲の強いカッジーラは、彼の情報の詰まった子種を日々、これでもかと提供してくれる。

 それを元に、“ カッジーラの周波数 ” を探り、調律し、合わせ、そして “ 力 ” を用いて睡眠に落とすという一連の流れを試みて、ようやく成功を見る。


 シャルーアは、今はどうしようもない時と理解すると、この時を利用してアムトゥラミュクムから学んだ様々な技や力の用い方を密かに練習し続けていた。


「(他の方々にも合わせ・・・働きかけて・・・・・は見ていますが、効果はあまり見受けられません……やはり直接触れ合っている方とそうでない方では違うのですね)」

 カッジーラの手下達の、親分に対する陰口―――その一端をシャルーアが仕掛けていた。

 カッジーラが手下の前でも人質のシャルーアとイチャつくのはカッジーラ自身の意志だが、それを見た手下達の羨み妬む気持ちが増幅されるよう、実は働きかけている。



 本来、カッジーラの本隊に置かれている賊徒たちは、カッジーラに信頼厚く、長年共にやってきた者でかためられている。

 なので親分に対して陰口をたたくという事はありえないのだが、そうなっているのは他でもない、シャルーアの仕掛けによるところだった。



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