第437話 賊女は静かに嘘をつく




 治安維持部隊の反撃が始まった―――王都の住人達は、色めきたつ。


「やっと本腰いれはじめたってかー」

「カッジーラ一味も、これでおしまいだなっ」

「平和な王都が戻ってくるのは嬉しいねぇ」



 そんな人々の会話に面白くない連中もいる。当然、カッジーラ一味の賊徒たちだ。


「チッ、浮かれやがって」

「まるでオレ達がもう終わったみてぇな雰囲気じゃあねぇの」

「まぁいいじゃあないか、せいぜい隙を作ってくれってなもんよ、ヒッヒッヒ」


 とはいえ、連日のように分隊が潰れていっている。

 治安維持部隊が本格的に反撃に出てきて、そのまま押しているのも事実だ。

 強がりを口にする下っ端も、内心では今後への不安が募っていた。



   ・

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姉御あねご、本当に今日も何もしねぇんですかい?」

 問われたピマーレは、ああと短く返事をするのみに留める。


 ピマーレ分隊のアジトの一室で、ソファーに腰をおろし、脚を組んで静かに酒をたしなむ。

 透明度の低い安物のグラスの先に、酒の液体を見据え、まるでそこに何かを見いだそうとするかのように、ピマーレはじっと注視した。


「相手が調子に乗っているんです……なら、こちらは引いておくべき時……」

「そいつぁ分かりやすが……昨日は隣の区画のハマブの隊がやられちまってるんですぜ? いつこっちにも王国の兵がなだれ込んでくるかも分かりやせん。何か対策をしといた方がいいんじゃあ?」

 するとピマーレは、クックックと笑い、酒を一口含んでから、テーブルにグラスを置いた。


「それ」

「はい??」

「だから、それです。その対策とやらをするから、潰される……ってこと」

 ピマーレの言ってることが分からないと、下っ端は首をかしげる。


「もうとっくに、ここの事も相手さんは知ってるはずだからね。当然、ずーっとここを見張ってる兵士もいる―――」

「えええ!? じゃあ、なおさら早く防御を固めないとダメなんじゃあないですか??」

 ピマーレは呆れたとばかりに、はぁ~と長いため息をついた。少し艶めかしいその呼気に、下っ端は思わず生唾を飲む。


「あのね、相手さんは泳がせてんの、こっちを。で、防御を固めようとしたところから潰していってんの……そんくらいは状況を読んで欲しいんだけどね?」

 どちらかといえば特殊工作員の実行部隊のような雰囲気を醸しているピマーレだが、彼女もカッジーラ一味の中ではかなり頭の回る女性だ。


 他の分隊と違い、彼女を長とするこのピマーレ隊は、常にスマートな仕事ぶりをしており、一味がまだ隣国ワダンにあった頃は、唯一1人も捕まったりやられたりしていない隊である。


 その生存率の高さは他でもない、隊長ピマーレの実力の高さに起因していた。



「ええと……つまり、アジトの防備を固めようとすりゃあ攻めて来るってぇことですかい?」

「そゆこと。相手さんの狙いは、あくまでこの一味の頭の、カッジーラ親分率いる本隊……それを丸裸にしてしまうためにも、こっちの情報が欲しいの。だから簡単には潰さずに様子を伺いつつ、潰すのがメンドーになりそうならやってしまおう、ってカンジなの。わかった?」

 しかし下っ端は、何となくと自信なさげに答える。

 ピマーレは、もう少しデキのいい手下が欲しいと言葉にするのを飲み込み、かわりに両肩を軽くすくめた。


「じゃ、じゃあオレらはこれからどーすりゃいいんです?? 仕事もできねぇでじっと大人しくしてばかりじゃあ、他の連中も鬱憤うっぷんたまっちまいやすぜ」

 これまでが連日順調にいきすぎたのだ。

 調子よく賊仕事と欲望を満たす日々が、突然急ブレーキがかかっては、下っ端たちは忍耐などとてもできず、欲求不満が蓄積する。


「んー……。だったら “ 親分の真似事 ” でもしてみるかな」


  ・

  ・

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 その日の夕刻。


「―――ってわけでぇ、ポドウ。今日からアンタを隊長にした隊を結成していいってさー」

「ま、マジでか? マジで親分が・・・そう言ったのか?!」

 ポドウはピマーレ分隊の中堅どころで、一味に入ってからの日はまだ浅い方ながら、野心と欲が深く、ピマーレの方針とは真逆の手下だ。


「うん、マジで。……って言ってもそこまで話は甘くないってね。何せ他の隊がどんどん潰されてる状況、アンタも知ってるでしょ?」

「ああ、もちろんだ」

「で、カッジーラ親分は新しく隊分けするかー、って話になってさ。けど実力のない隊を作ったところで、すぐにやられちゃあ意味ないし。そこで、この隊から半分までなら持ってっていーから、まずは結果を示せ―――ま、隊長に相応しいかどーか、テスト期間、ってトコね」

 基本、カッジーラ本隊のいる本アジトには、分隊の隊長格しか出入りできない。そのための手形も、限られた者にしか渡されていない。


 しかし逆にいえば、分隊長になれれば親分とも目通りが叶い、さらに大きな仕事や分け前にありつける目が出て来る。

 欲と野心の塊であるポドウにとっては、まさに千載一遇の機会だ。当然ながら断るわけもなく……





「いいんですかい、姉御? あんな嘘までついちまって……ポドウの奴、調子に乗ってマジに隊の連中、半分連れて行っちまいやしたよ」


「いーのいーの。どうせ連れて行った奴らは比較的新参の半端モノばっかだし。ああいう手合いはイザって言う時、邪魔になるだけだから今の内に処分しとかないとね。それに、それなりの数連れて出て行ってくれりゃあ、相手さんの目もあっちに向かざるを得なくなるでしょ?」

 しかも、大人しくしているピマーレ達よりも、確実に大暴れしようとするであろうポドウらの方が、治安維持部隊は目をつけるはずだ。


 昔ながらの信頼ある最低限を手元に残しつつ、隊の問題児を排除。さらに警戒の目を減らし、動きやすさを確保。

 囮のポドウらが取っ捕まっている間に、こっちは静々と行動できる隙ができる。


「一石三鳥ってね。……ま、こっからどーっすっかなー、ってまではまだ考えてないんだけどサ」

「ええ、考えてないんですかいっ!?」

「じょーだん。考えてるよ、一応は……ね」

 


 とはいえ、ピマーレは本当にどうしたもんかと悩む。

 選択肢はいくつもありはするが、その先がどうなるかはまだ見通せていないからだ。つまり、今の自分達の最良の結果を得る選択がどれなのか分からない。


「(親分はどーする気なんだか……隊をいくつかワザと潰そうって気だっていうところまではわかんだけどねーぇ)」

 どいつもこいつも油断ならないヤツばっかだと苦笑しながら、ピマーレは酒のグラスを傾けた。



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