第435話 敵を知り、己を知れば百難危うからず




 まさしく駐屯所の事件が転機となり、カッジーラ一味に関する情勢は180度反転していった。



――――――とある区画にいた分隊アジトの一つ。


「くっ! なんだテメェら!! ……ぐはっ!!」

「ちくしょう、治安維持の兵隊か!?」

「嗅ぎつけられたぞー! 全員起きろー!!」


 夜に突入された賊徒たちは、混乱と共に飛び起きる。だが実際に突入したのはたったの1人だけだった。


「よし……このまま、ぶちのめしていけばいい、だったな……フンッ」

 ムシュラフュンが片っ端から殴り飛ばし、暗いせいで飛ばされた味方がぶつかって勘違いから同士討ちが連鎖していく。


 怒号が飛び交う中を悠々と歩いて都度、手近な相手を殴り飛ばす。

 それだけでそのアジトは崩れていく。


「くそ、手がつけられねえっ、外に逃げ――――んがっ!?」

 しかし、アジトの周囲は完全に包囲済み。ホマール以下 “ 王賜おうし直令ちょくれい部隊 ” とリュッグ達、ならびにその他のファルメジア王が信頼する直臣と近衛の一部などなどが、ガッチリとそのアジトの建物を囲んでいた。


 なお突入する1人は、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の5人がじゃんけんで勝負して決められ、残り4人はそれぞれアジトの四方の建物に登り、1人も逃がさないと監視態勢で注視していた。






 そして翌日。


「親分、カッジーラ親分! ファドの隊がやられたそうです!!」

 カッジーラ本隊に分隊の1つが潰されたという方向が舞い込んだ。


「ほーん……向こうさんもいよいよ本腰入れてきやがったか。ま、こんくらいは予想の範囲内ってヤツだがな」

 下っ端とは違い、カッジーラは慌てない。

 そもそも1国の王都に居座り、悪事を働き続けていつまでも安穏とやれるだなどとは思っていない。

 相応に被害が出ることはむしろ覚悟の上だ。




「(そもそも、昔から信頼できるヤツはこの本隊にしかいねぇ……他の隊がいくらやられちまおうが、関係ねーからな)」

 カッジーラが自律分隊制を取った真の理由、それは他でもない、本隊に差し向けられるモノを分散させるためだ。


 隣国ワダンにて彼らが集団として順調に回り始めた頃、ちょうどこの本隊程度の人数しかいなかった。

 そこに他の悪党たちがカッジーラの悪名を頼みに合流し、膨れ上がってきたのが現在のカッジーラ一味である。


 しかし悪党ゆえにカッジーラは、悪党の性質を一番よく知悉ちしつしている。悪党は簡単に仲間を裏切る。昔からの仲間でない限り、各々の欲望に忠実だからだ。


 なのでカッジーラは隊分けし、カッジーラ一味という大きな枠組みでの最低限の取り決めを除けば、自由裁量を各隊に認めるという事でもってして、彼らの欲望を自由に満たさせ、組織化特有の息苦しさを覚えさせることなく見事に統率してきた。


 だが各隊の本当の存在意義とは、カッジーラ率いる本隊の盾であり、隠れ蓑であり、身代わりであり、囮である。


 それぞれ好きにしていい、だがそれでピンチに陥っても他の隊が助けることはない。自己責任だ―――その取り決めは、まさに分隊を切り捨ててもカッジーラ一味の内々で問題にならないで、イザと言う時に分隊を切り捨てるための肝であった。


「いいか、おめーら。これからぁ王国の連中、一気に反撃に来やがるだろうからよ

。とりあえず他の生きてる隊には注意だけ促しとけ。下手うっても知らねぇから慎重になれよ、てなぁ」

 むしろ刈り取ってくれるのはありがたいくらいだった。膨れ上がった組織というのは、やはり少なからずバカも出て来る。

 ある程度、手に負える範囲にまで定期的に間引くことは必要だ。


「(2、3……いや、半分くらいは潰してくれっとありがたいかもしんねぇな)」



  ・

  ・

  ・


「――などと、考えているかもしれないな、向こうは」

 ヴァリアスフローラの私邸でリュッグが、カッジーラの考えを読み解く。

 それが合っているかどうかはさすがに誰にも分からないし、いくらエネルギーを焼きつけてあるとはいえ、シャルーアにもその意を見透かす事は出来ない。


 リュッグの長年の経験と、組織というモノの性質への理解度の深さが自然、そういう推察と分析へとたどり着かせるのだ。



「では、もしリュッグさんの読みが正しいとすると、相手はしばらく大きな抵抗なく潰されてくれるという事に?」

 ザーイムンの意見に、リュッグはああと短く肯定しながら頷き返した。


「あくまで俺の読み通りだったとしたら、だがな。それにもしその通りだとしても、それは一味の長であるカッジーラ個人の考え方だ。それぞれの分隊が簡単に潰されてくれるとは限らない。油断は禁物だぞ」

 それでもザーイムンは、リュッグを深く尊敬する。隣に立つムシュラフュンやルッタハーズィもだ。


 もしも真正面から戦ったりした場合、リュッグが自分達よりも遥かに弱いことは彼らも理解している。

 だが、その経験と知識、そしてそこから紡がれる状況への対応力と方策の立て方などなど、単純な力ではない凄さというものを、これでもかと彼らは思いしらされ続けている。


 3人は思う。さすがは “ 母 ” を導いてこられた方だ、と。


 彼らの瞳がキラキラと輝き、純朴な少年が心の底から尊敬する大人を見るかのような表情を浮かべ―――そんな様子の彼らを見たリュッグは、思わずギョッとした。



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