第434話 頭が変われば組織も変わる




 駐屯所火災事件は、ファルメジア王にとって一つの契機になった。




「そ、そんな! 治安維持部隊の “ 分化 ” などとそのような―――」

「余は前々より指摘しておったはずだな、オバイマム。指揮系統の見直しは必須であろうと? 1本化しておくは余分なコストをかけず効率が良い……なるほど、確かにその利点はあろう」

 ファルメジア王は一旦はオバイマム大臣の言い分に理解を示すように言葉を紡ぐ。だがその瞳は厳しい輝きを宿したままだ。



「で、でしたらば」

「しかし調査の結果、1本化の弊害の方が強くでておる事が判明した。オバイマム、お主……下から上がってきておる報告書を、治安維持部隊長官としてどれだけ目を通しておるか?」

「へ? あーえー……日に10件ほどでしょうか」

 するとファルメジア王は、分かりやすく呆れて見せた。その呆れは、怒りを通り越してのものだ。


「愚か者、日に1万件・・・・・だ。その様子では、カッジーラ一味が脅威を成す以前ですら日に3000件は報告書が副官級まであげられておった事すら知らなんだと見える」

「う、うぐ……」

 オバイマム大臣は返す言葉こそつまったものの、その件数に驚かない―――つまり多くの報告が毎日下から上がってきていること自体は知っていた。その上で、報告書に目をほとんど通していなかったのだ。


 もちろんその事も調査済み。ファルメジア王にオバイマム大臣の言い逃れを許す気はサラサラない。


「1人でその全てを処理せよとは言わぬ。だが、下の者が懸命に駆けまわり、疲弊し、それに対してただ成果を挙げよとののしるだけの者に、この王都の治安を担う者としての資格があると思うか? のう、オバイマム?」

「ふぐっ、……い、いえしかしですね陛下」


「無論、お主にばかり責を問う気はない。やる気のない男をそのような席に座らせた余にも責任はあろう。ゆえ此度こたび、貴様の解任は容赦してやろうというのだ。代わりの改善案として、治安維持部隊の “ 組織分化および再編 ” を行うというまでのこと―――なお、他の者に問う。余のこの考えに異論ある者はおるか?」

 ファルメジア王が眼前のオバイマム大臣より視線を外し、左右に控えている他の大臣達に問いかける。


「まったくございません」

「陛下のおっしゃられる通りかと」

「大変に良き案かと思われます」


 オバイマム大臣の事実上の失脚だ。組織の分化はつまり、治安維持部隊という部署の権益を一手に握っていたオバイマム大臣の権力喪失に他ならない。

 彼自身の椅子にかわりはない。だが、同じ “ 長官 ” の同僚が増え、それと治安維持部隊を分け合うことになるので、オバイマムの権力も影響力も低下する。


「(ぐ、ぐ……くそぉ、どいつもこいつも、いかにも心中ではワシを笑っていると言わんばかりの顔をしおってぇ)」

 他の大臣達は、全員涼しい顔をしてはいる。しかしオバイマム大臣の失脚に愉悦を感じているのは間違いない。


 嘲笑を感じる視線の集中を受けて、オバイマム大臣はとんでもなくみじめな気分に晒された。






――――――ヴァリアスフローラの私邸。


「なるほどな、だとするとファルメジア王はいいところに落としこんでくれた」

 一連の話を聞いたリュッグは感心するように力強く頷く。


「どういうことですの、リュッグ様?」

 ソファーのとなりで身体を摺り寄せるように密着して抱き着いているルイファーンは、やや得心いかない様子だった。

 話を聞かせてくれた対面のヴァリアスフローラも、リュッグの意図するところが分からないようで、僅かに首をかしげて不思議そうにしている。


「駐屯所の火災にカッジーラ一味が関わっているのかどうかは分からん。だが、治安維持部隊という、王都の治安を担当する部署で、死者込みの大事件が起きたんだ。これに厳しい処罰を科さなければならないのは当然……ですが」

 テーブル上のコップを手に取り、中の液体の水面を波立たせるようにコップを回す。


「ただ長官をすげ替えるだけでは、そのオバイマム大臣と大差はないでしょう。しかし、この大事件を機に、治安維持部隊の組織改革を織り込むことで今までよりも効率の良い組織運用、そしてそれに伴う成果の向上が期待できます」

 駐屯所の火災事件はその理由付けに最適だった。

 亡くなった兵士には悪いものの、死者が出るほどの事件。それを管理の不備や組織の在り方の問題に起因するとし、そしてここで長官たるオバイマム大臣の不断の職務怠慢ぶりを突きつければ、誰もこの組織改革には反対はできない。



「はー……そういう事でしたのね」

 ルイファーンが理解至ったと満面に感心の色を浮かべる。


「加えてオバイマム大臣は解任ではなく留任……本来でしたら監督不行き届きで地位を追い落とされても致し方ありませんでしたことを考えますと、何も異議も唱えられないですわね」

 ヴァリアスフローラも成程と何度か頷いた。しかしリュッグは、さらに付け加える。


「オバイマム大臣は、カッジーラ一味と繋がりある疑いが強い大臣の一人でもあるから、それもあっての留任でしょう。もし次に何かあった場合、地位はく奪という処罰の手を残しておくことで、たとえ影に隠れてでもオバイマム大臣はおいそれとした真似はしにくくなる……」

「あ! 確かにもし地位を完全に追い落としてしまいましたら、フリーになってしまいますものね。逆に開き直ってメチャクチャな事をしようとしかねない……」

 ルイファーンの理解を肯定してそういう事ですと頷き、リュッグは飲み物を口に含む。


 もっと付け加えれば、これで治安維持部隊の動きがよくなれば、カッジーラ一味が悪さを働き辛くなり、自分達の安全圏―――つまり各分隊のアジトになるべく近い位置での活動に集束していく可能性が見込める。


 そうなれば、カッジーラ一味の分隊を取り逃がすことなく叩きのめしやすくなるだろう。……とはいえ、そこまでは、いったらラッキー程度。


「(あとは、1人たりとも逃がさないためにはどうするか、だな……)」

 上手くいけば王都の平穏が戻る日も近い。


 リュッグは久々に、心から一息入れる時間を過ごした。



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