第433話 要求通りの働きでご期待を賺す女賊




――――――王都、とある区画の治安維持部隊の駐屯所。


 夜の帳が降り、静まりかえる時刻。

 カッジーラ一味の一分隊であるピマーレ達は、気配を殺して駐屯所の建物に来ていた。




「(どう? 首尾は?)」

「(へい、姉御あねご。予定通りに油の塗布は済んだそーです。燃えるモンはまだ配置中です)」

「(急がせなさい。けど、決して気取られないように忘れるんじゃないよ?)」

「(もちろん全員分かってます、お任せくだせぇ)」


 大臣の要請を受け、ピマーレの分隊が考えた襲撃計画―――それは駐屯所に火を放つことだった。



「(にしても……)」

 そっと壁の向こうを覗き見る。この駐屯所の兵士が、あくび混じりに疲労感をにじませながら夜番を行っている。

 しかしまるで警戒心が感じられない。疲労が蓄積しすぎていて、怪しい気配を探ろうという気力もない様子だった。


「(哀れなものね。無能な上を持った下っ端ってのは)」

 しかもその疲労を強制する者と、今夜自分の配属先を攻撃させようとした者がどちらも同じ、上司のオバイマム大臣だという事実。下で働いている彼らは本当に報われない。



「(姉御、準備すべてできやした。火付け役以外、撤収も完了してまさぁ)」

「(ん。それじゃあ始めましょう。合図だして)」

 言いながらピマーレは、開いていたライダースーツの前チャックをあげて閉じる。


 首どころか口元まで覆う特殊な、完全に彼女の身体にフィットするピッチリしたそのスーツ―――鈍色の、非常に特殊な素材で作られており、チャックを閉ざして完全に肌に密着することで、普段はある光の照り返しや艶がなくなる。


 夜間隠密に最適なこのスーツは完全に彼女の肢体に合わせたオーダーメイドであり、他人の着用はもちろん、わずかな体形の変化でもその特殊性を損なってしまうため、ピマーレは常に、自分の体形に気を遣っていた。


 スッ……


「ん? 今なにか―――~~ぐっ!?」

 駐屯所の夜の番をしていた兵士の、完全なる真後ろ。

 ピッチリと隙間なく密着し、口を塞いで首を絞めた。

 何者が襲ってきたのかを見る暇も与えずにとす。


 ……ドサッ


「フフッ、一人でご苦労さま……じゃ、私は帰るから、いい夢みて頂戴ね」


 ボォオォオ……


 ピマーレがその場から消えた直後、駐屯所の全体から同時に火の手が上がる。

 あっという間に大火たいかとなり、夜の王都の空を明るく照らした。



  ・

  ・

  ・


 翌日の夕刻。


「どーゆー事だっ!!」

 オバイマム治安維持部隊長官は、思わず耳を塞ぐほど声を張り上げた。


「声うっさ……何怒ってるの。大声だすと誰かに聞かれて困るんじゃないの?」

「っ! ……昨日の、駐屯所襲撃の話だっ。あれではただの火事かお前らの仕業かわからんではないかっ?!」

「だから? 言われた通り、被害は出るようにしてあげたでしょう? 消火は間に合わず建物は全焼、いびきかいてた駐屯所の責任者はそのまま焼死、カワイソーな下っ端さんたちも結構な人数が炎にあぶられた―――ご要望通りの結果じゃないの」

 だがピマーレはわかっていた。

 確かにオバイムが要求した通りに事を起こした。しかしこの件で大臣が望んでいたのは、損失に対する温情と補填という国から得られるはずの利益だ。


 ところがオバイムに下されたのは、責任を問うお叱りと私財による穴埋め命令。得るモノどころか、自分の財布から持ち出し一方のマイナスという結果に終わったのだ。

 思い通りの展開にならなかった苛立ちを自分らにぶつけてくる無能大臣に、彼女は両肩をすくめる。


「グヌヌヌ……分かっているのか貴様! お前達のことをおおやけにしてやったっていいんだぞ!?」

「ん? どうぞご自由に?」

 それで脅しているつもりかと笑いたくなってくるのを堪え、ピマーレは軽くあくびしながら答えた。


「な!?」

「公にするもなにも、すでになってんじゃん。この王都でアタシらの事を知らない人間の方がなかなかいないんじゃない? だいたい、アンタもこれまでの事、バレたら困る話が山ほどあるっていうのに……ねぇ、お大臣サマ?」

「っ!! ……こ、このアマ~~……」

 顔を真っ赤にして怒かる大臣。

 だが治安維持部隊の長官というポストにしてはまったくなってないその身体で、顔面をいくらシワ寄せたところで迫力も何もない。


 むしろ面白いだけだ。


「このワシに対してっ、そんな態度をとっているとそのうち後悔することになるぞっ、フンッ!!」

 みっともない捨て台詞。

 結局、大臣といっても個人的に影で繋がっているだけだ。彼の一存でカッジーラ一味に対してかけられる圧も脅しもありはしない。



「(そもそも治安維持の兵士さんですらアタシらに手玉に取られてんのにね。自分の方が優位にある関係だと思ってるのが笑える)」

 大臣、貴族。その出自と地位だけで偉く、この世の大勢を下に見て当然と勘違いしている典型的な無能無才な男。


 その憤りながら去っていく、まったく鍛えられていない背中を眺めながら、ピマーレは、この滑稽さだけで酒の3杯はイケるなと苦笑した。



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