第402話 苦政に悩む王様




――――――王宮。



「……」「……」「……」

 会議の席。一同に会した大臣たちは、全員が渋い表情を浮かべていた。


「……カッジーラとかいう賊の一味、いまだ捕えられんとはどういう体たらくかっ」

 いきどおりをあらわにしたのは、商業が活発な区画をおさえている貴族で、王都内での商売流通の許可や管理を担ている大臣、オプテヌムだった。


「気持ちは分かるが落ち着きなされ、オプテヌム殿。被害を受けているのはお前のところだけではないぞ」

「王都全体でやりたい放題……カッジーラ一味とやら、この僅かな期間の間にこうも幅を利かせる賊がいようとはな」

「しかも王都でだ、治安維持部隊の沽券にかかわる話ではないか?」

「そうは言うがな。この広い王都……しかも人口が過密化しておる中、1万ではとても手が回り切らんのが実情だ。カッジーラ一味はそのあたりを巧みについてきよる」

 まだ陛下が来ていない中、わいわいと大臣同士の言い合いが始まる。

 争うまではいかずとも、誰の口からも出る発言に建設的なものはなく、己の損をなげき、他者の責任を問おうとするモノばかりだった。




 そんな中―――


方々かたがた、お静まりください。陛下の御入室でございます」

 侍従が会議室の扉付近でそう述べると、大臣達は一様に静まり返る。そして1拍間を置いてから、ファルメジア王がゆっくりと室内へと歩み入り、その姿を見せた。


「ご苦労。皆、楽にしてよい」

 王を出迎えるため、椅子から立ち上がって臣下の礼をしていた大臣達が、続々と座り直していく。

 その様子を眺めながら、ファルメジア王はゆっくりと深呼吸をした。今日も頭の痛い議題にかからなければならない。



「さて、皆も存じておるように、この王都内においてカッジーラなる者を筆頭とした賊が昨今、世の中を騒がせておる……」

 そう言いながら侍従から資料を受け取り、目を通す。

 かんばしくない状況報告の内容に、王は眉間にシワをよせ、難しい表情を浮かべた。


「被害は増える一方であり、しかしながらいまだに一味の1人も捕まえることが出来ておらぬ―――こうなると、単に治安維持にあたる現場の兵が不甲斐ないゆえであるとも言えぬな」

 いくらなんでもここまでしてやられるというのは、あまりにもおかしい。

 そこらの町や村とは違い、ここは王都である。その治安を守る部署に勤める者達が腑抜ふぬけているワケがない。


 好き放題されているのは、相手の方が一枚上手なのだと認識を改めるべきだと、ファルメジア王は発言の中に暗に言い含めた。


「しかし陛下、王都の治安維持部隊はその兵数1万は擁しております。それで1人の賊も捕えられないというのは―――」

「オプテヌム、焦っておるようじゃが落ち着くがよい。考えても見よ、この王都の広さは並みではない。……外部より攻め寄せる敵に対して1万総出でかかるならば十分であったとしても、王都内をくまなく守るには足りぬのだ。ましてや治安維持部隊は1万という数を賊徒どもに全振りするわけにもいかぬ。日頃より様々な案件に取り掛からねばならぬ部署ぞ」

 むしろ、そのカッシーラ一味に多勢を割いたがゆえに、他が手薄になっては意味がない。


 治安維持部隊は文字通り治安を維持するためにある。1つの案件だけに人員をより多く振り分けることは、そもそもが出来ないのだ。



「人手不足が深刻、ということですな……」

「人口が過密化しているという事もあり、治安維持部隊はロクに休めていないとも聞いております」

「指名手配のおかげで市民からの情報提供などはあるようですが、多少の目撃談が大半で、決定的な情報は寄せられていないようです」

「潜伏しておる場所を突き止められればよいのだが」

「その捜査の人員にも事欠いていると」

「出入りを厳しくしておりますので、王都からのがすことはないでしょうが……」


 大臣達があーでもないこーでもないと口々に意見を言い始める。


 事が起っているのが自分達の足元だけに、取り組む姿勢は真面目で良いものの、具体的な良案などは出てこない。



「(良案……か……そうよな……むう―――)―――皆、一度落ち着くがよい。余から一つ、案を出そう」

 ファルメジア王がそう述べると、大臣達が口を閉ざして驚いた様子を見せた。何か名案が!? という期待感の乗った視線が集中する。


「先ほど、人口が過密化しておる、と言ったが……それを逆手に取り、治安維持部隊の人員補填を成せはしないか?」

 必要部署の人手不足、一方で市井には過密なほど人がいる。ならばその山から不足を補うことが出来れば……


 理想的ではあるが、現実にそれをやろうとした場合、いくつものハードルを越えなければならない。特に―――


「(―――いかにして、募集の中より潔白なる者とそうでない者を見分けるか、それが問題……か)」

 それこそカッジーラ一味が入り込ませてきて、治安維持部隊の動きを情報として仲間に伝えるようなことをされては、いかに手が増えても意味がない。

 頭数を整えるにはいい一手だが、異物混入を防ぐ対策が必須。結局、そこでまた議論は止まってしまう。




 ―――と、ファルメジア王が頭を悩ませていたところに、侍従が寄って来た。


「申し上げます。リュッグ様、およびシャルーア様の連名で陛下にお手紙が届いております。エル・ゲジャレーヴァの乱は鎮静し、グラヴァース殿に第一子がお生まれになったこと、およびお二人とそのお供、ならびにヴァリアスフローラ様の御息女、ルイファーン様らが伴だってユールクンドまでお越しになられている、との事にございます」

 そう耳打ちすると、手紙を手渡して恭しく下がる侍従に、簡単なジェスチャーで労をねぎらう。



 すぐさま手紙を開き、内容をあらためたファルメジア王は、小さな安堵感と希望を抱いた。



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