第403話 欲目はあれども自制し務める手下




 ようやく王都への入場許可がおりて、リュッグ達がユールクンドの町を後にしたのは、さらに2日後のことだった。



「やれやれ、ファルメジア王あてに手紙を出して正解だったな」

 まともに申請を出していたら、一体どれだけ待たされることになったかと思うと辟易する。

 リュッグが申請を出す際、王都での士官であるイクルドがアドバイスをくれ、王様あての手紙を出すことで、リュッグ達は他の足止めを喰らっている旅人たちよりも遥かに早く、許可がおりた。


「陛下は各部署から上がってくる報告などを読まれますからね。王都への入場申請は、一番下っ端から上へ上へ……って感じですから、そもそも審査がなされるところまで上がるだけでも時間がかかってしまうんですよ」

 イクルドは、役に立ったと胸を張りながらそう説明する。聞けば与えられた任務を完遂した後に報告書を上げる際にも、直接の上司とかではなく、さらに上にじかで報告をあげるようにした方が手っ取り早い事がちょくちょくあるのだとか。



「ともあれ、ようやく王都だな。……ふむ、話に聞くよりかなりているようだ」

 リュッグがそう言いながら、そこらにいる兵士達の様子をうかがった。


 ピリリとした空気―――馬車を進めるリュッグらを警戒するような視線で見て来る者もいる。


「……シャルーア。イクルドさんと場所を交代してくれ、その方がいいだろう」

「はい、かしこまりました、リュッグ様」

 荷台から御者台に出て来るシャルーア。

 当初リュッグは、同じ兵士であるイクルドが御者台に座っていた方が、王都の兵士達にヘンに思われずに済むかと思っていた。

 しかし彼らの様子を見るに、いかつい男2人が並んでいるよりはシャルーアのような女の子の姿があった方が、ヘンに警戒されないかもしれないと思い直す。


 事実、シャルーアがイクルドにかわってリュッグの隣、御者台にちょこんと腰をおろしてからは、辺りの王国兵士たちのこちらを見る目から警戒心が薄れた。



「シャルーア、王都は前情報よりも治安の乱れが強そうだ。移動途中も油断しないようにな」

「はいっ」

 ユールクンドの町で、出来る限りの情報収集をした上でやってきたものの、見聞きした情報だけではやはり限りというものがある。

 話に聞くカッジーラ一味とやらが、いかに無法を成しているのかはなかなか想像し辛い―――と、不意にシャルーアの醸し出す雰囲気が変わった。


「……、リュッグ様、こちらを見ている人たち・・・・・・・がいます」

「! ……危険そうか?」

 これまでも数台の馬車で移動するリュッグ達を見る目は相応にあった。しかしシャルーアは反応しなかった。

 つまり、見ている人たち、というのは何か良からぬ思惑を持って自分達を意識している連中ということなのだろう。


「わかりません。ですが人が多くて、それに紛れて追いかけてきている様です」

 と、いうことは偵察か、はたまた下っ端の独断か。

 もし、この都会のど真ん中の人混みで襲ってくるとすると、相当に腕に自信のある賊徒ということになる。


「やれやれ、ただ王都に入るだけでこれか……見た目は以前と変わらない様に思えても、なるほど、そこらの兵士たちがピリついてるわけだな」

 カッジーラ一味については、まだ1人として捕らえられていないので分かっていることがほとんどないという。

 全部で何人いるのかなども不明だが、この広い王都でそれなりに目ざとく獲物を見定めるというのなら、確かに王都の出入り口に下っ端の数人張らせているだろう。


 だが、リュッグがそれに気づけなかった。シャルーアもその身に宿る特異な力があればこそ気付けたのだろう。

 つまり、王都の出入り口付近で張らせている、おそらくは一味でも下っ端に相当するであろう者ですら、相当にできる・・・賊徒だということだ。


 リュッグは手綱を取りつつも、無意識に片手でシミターの柄を掴んでいた。



  ・


  ・


  ・


「あの馬車の女、いいと思わないか?」

「ああ、スケベな身体してやがる……カッジーラ親分に差し出しゃあ喜んでくれるだろうな」

「その前に俺らがしっかり毒味しないと」

「ハハハ、違いねぇ」

「じゃ、今度の獲物はアレでいいな?」

「「「おう」」」


 その男たちは雑踏の雑音に織り交ぜるようにそんな会話を交わしながら、雑踏の一部であるかのように自然な溶け込み具合で、しかし間違いなくリュッグ達の馬車を追う。

 並みの人間ではまず見分けなどつかない、移動、位置取り、態度の取り方の優れた妙技は、賊の類というよりはまるで訓練された精鋭スパイのよう。


 彼らは狙い定めた獲物を見失うことなく、そして辛抱強く馬車を追っていく。



 ―― 暴発しません、手に入れるまでは ――



 それはカッジーラ一味唯一のルール。

 逆に言えば、手に入れてしまいさえすれば、ある程度は好きにして良いという事でもある。


 金を手に入れれば、そのうちのいくらかはくすねようが構わない。

 女を手に入れれば、先に楽しもうが一向に構わない。




 親分であるカッジーラが部下の欲望を寛大に許しているからこそ、手下たちは目的を達するまでぐっと我慢し、行動に集中できる能力と気質を養った。


 カッジーラ一味は並みの賊集団とはデキが違う。王国の正規兵が彼らを捕縛できないままでいる理由は実にシンプル―――その意識と実力に差があるからだった。



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