第400話 お仕事.その17 ― 隠者の小人 ―



 ユールクンドの町で足止めをくらったリュッグは、王都への申請結果を待つ間、久々に傭兵ギルドで仕事を経て、現地へと出向いていた。



「こちらです、この辺りによく出没するとのことです」

 傭兵ギルドの事務員に案内されてやってきたのは、ユールクンドの町の外れ。砂漠との境目あたりに古びた廃墟が点在する区画だった。

 何百年も忘れ去られているかのような場所で、崩落した住居は砂を固めた古い製法でのレンガ造りらしく、他のユールクンドの建築物とは明らかに色味や風合いが異なっている。


「なるほど、古く打ち捨てられた崩落した建物か。いかにもヤツら・・・が好みそうな場所だな……分かった、何とかやってみよう」

 事務員がよろしくお願いしますと言って帰っていく。


 残ったのはリュッグとシャルーア、そして仕事の見学にとついてきたルイファーンにハヌラトム、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人のザーイムンと、兵士のイクルドだが、彼らはあくまでも見学でと、リュッグは言いつけた。


 この仕事はシャルーアの成長をうながす意味も含めているので、手助けされると意味がないからだ。



「さて、今回の標的はポルッケ・ロウというヨゥイだ、シャルーア」

「ポルッケ・ロウ? それはどのようなヨーイなのですか、リュッグ様?」

 このやり取りもちょっと久しぶりだなと思いながら、リュッグは説明しはじめた。



――――――ポルッケ・ロウ。


 通称、 “ 隠者の小人 ” と呼ばれている魔物で、見た目はフードを被った妖精の一種のような見た目をしている。

 15~30cm大で、5~20匹程度の群れで活動するのが特徴で、特に古びた建物などに隠れるように居付いつく習性がある。


 それだけ聞くと、大した害のない可愛らしそうな魔物に思えるが、実際はかなり厄介な危険を秘めている。



「放置していると、近隣の建物にも入り込み、そこを荒らす。そして住んでいる人間を襲うんだ」

 ポルッケ・ロウはあくまでも廃墟のような建物に執着する。なので現役の人が居住している建物があると、これを壊し、人を追い出し、時には殺す。


 昔、ポルッケ・ロウを守り神の精霊様とあがめた村が、1カ月ほどで村人全員が惨殺され、家という家を荒らされ、村全体がポルッケ・ロウの一大増殖場と成り果てたケースもあったほどだ。


「では、早めに駆除しなければならないのですね」

「ああ、そういう事だ。ただ奴らはかなりすばしっこくて悪戯好きだからな。数が少ない内はまだ凶暴性は低いが、油断はするな」

 今回、リュッグは廃墟の入り口で待ち、シャルーア1人に廃墟内へと行かせる。


 このところ成長著しいところを見せてくれているシャルーアだが、それは彼女の舞い踊るような戦闘方法が通じる場でのこと。

 今回のように、建物内かつ不整地で、動きが制限されやすい場では満足に自分の動きが出来ない可能性がある。


 こういった場所でもしっかりと自分なりの行動ができなければならない。むしろ戦いの場は、自分にとって不利を強いられるケースの方が圧倒的に多い。


「コツは教えた通りだ。よし、頑張ってこい」

「はい、行ってきます」


  ・


  ・


  ・


 廃墟は崩れて傾いているとはいえ、4階建てで規模はそれなり。討伐対象の妖異が潜んでいるとなると、それなりの数が隠れている可能性は十分にある。


「……すべておびき出して、残さずに……」

 入り口の外のリュッグの姿が見えなくなるくらい内部を進んでも、何かが襲ってくる様子は皆無。

 シャルーアは大きめの広間に入ると、その中央あたりでしゃがみ込み、荷物から松明を取り出した。


「松明の布を……適度に解いて、それを床に広げて……。ええと、この上に古着を置きましたら、火をつけまして……」

 一つ一つ手順を確認するように呟きながら、広げた古着に向かって右手をかざした。

 するとシャルーアの瞳がごく一瞬だけ輝いたかと思うと、いきなり古着に火がともる。


 すぐにも火は大きくなり、松明の布にも燃え移って、それなりに大きな炎となった。



『ギッ!?』『ギギッ』『ギギギギッ!!』


 途端にあちこちの物陰で、一気に気配が増える。その数は100は軽い。


「想像していたよりも多そうです……。申し訳ありませんが、全て倒させていただきます」

 シャルーアが鞘から刀を抜く。

 次の瞬間、ポルッケ・ロウ達が次々と飛び掛かって来て、戦闘は始まった。





―――10分後。


「ポルッケ・ロウは、一度自分の住処に定めた場所で人間の匂いがあるのを嫌うんだ。だから使い古した人間の服なんかは見つければ排除にかかろうとする。加えて住処で火の手が上がれば黙っていられない。それだけ執着心が強いことを逆に利用して、おびき出せる」

「それで煙が立ち上りましたのね。最初はとても驚きましたわ」

 ルイファーン達が、廃墟の隙間という隙間から煙があがりはじめた理由をリュッグから説明されていると……


 ザッ


「リュッグ様、ただいま戻りました。残らず討伐できたかと思います」

 シャルーアが出てきた。

 足や腕に取りついてきたであろうポルッケ・ロウの死骸が引っ付き、胸の谷間からも1匹、頭を出したうなだれたままピクリとも動かない死骸を付けたままだ。


 全身に煙やら砂やらとかなりの汚れの付着が目立っているものの、怪我らしい怪我は見当たらない。



「よし、念のために残りがいないか確認してくる。ザーイ、一緒に来てくれ。リーファさん、シャルーアを頼む」

「お任せされましたわ。ささ、シャルーア様、身体をお拭きになってくださいな」

 リュッグとザーイムンが改めて廃墟に入っていくその後ろで、ルイファーンがまったく物怖じせず、シャルーアの身体からポルッケ・ロウの死骸を掴み、引き剥がして無造作に投げ捨ててゆく。


 最後に胸の谷間に挟まっていた死骸を引っこ抜くと、シャルーアの胸がブルンと揺れ、まるで水浴びした後の犬のように、付着していた汚れが弾け飛んで、ルイファーンも軽く顔や髪を汚していた。



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