第398話 戦地を発ちて次を警戒する




「……なるほど、要するに “ 喝を入れる ” みたいなことだと」

 シャルーアから説明を受け、リュッグはかいつまんで理解を示した。


 フェブラーをはじめ捕虜達にしたのは、魔物化を “ 直した ” あと、彼らの中に残留する与えたエネルギーを活性化させ、心身が一時的に向上する効果を与える―――苦痛に耐えやすくなり、前向きで清い心を強めた。


「はい、これで彼らは、今後の扱いに耐え抜けるかと思います」

 シャルーアは、捕虜達の扱いがよろしくないものになると聞いても、それに対する否定は示さなかった。




 むしろその扱いに耐え抜けるための助力を与えるという考えを持った。


「(罪には罰を……可哀想ではあるが、そこのところはキチンとするべきってところか……)」

 世の中には、いくら大罪人でもそんな酷い処罰をするなんてー、などと綺麗ごとをのたまう者は多い。

 とりわけ社会経験の浅い年若い頃には、こういう現実的な問題に対して、まだ感情が先行して理想論と綺麗ごとから意見を作る人間も少なくないものだ。


 しかし、シャルーアの発声からは一定の経験性を感じられる。


「……アムトゥラミュクムの “ 学び ” とやら、か」

 アムトゥラミュクムが表に出ている時、シャルーアは彼女によって一族先祖の歴史や力について学んでいたという。


 それは膨大な情報であり、歴史とは実際に意思ある生命が歩んだ経験である。


 これを学ぶことは、一定の有効性を有した人生経験として、獲得することが出来るも同義だ。もちろん実際に己の五感で感じ、経験する事には劣りはするが。



 少なくとも今のシャルーアは、リュッグが手取り足取り教えていた世間知らずなお嬢様のレベルを脱却している。

 それは手がかからなくなるという事だが、同時に少し寂しさも感じて、リュッグはこれが世の親の子供の成長に対する感覚なんだろうかと、寂しげに微笑んだ。




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 その日の夕食時。


「じゃあ、王都へ行くと?」

 グラヴァースの問いに、リュッグは頷いた。


「ああ、王に借りた兵たちを返すついで、報告やらなんやら必要だろう。それにまだアムトゥラミュクムの状態でシャルーアは見送られ出てきた。このまま音沙汰なくそこらほっつき歩くわけにもいかんだろうしな」

 加えてリュッグとしては個人的なところとして、今後の活動にあたって広域的な現状の情報も欲しいし、ヴァリアスフローラのこともある。さらに……


「それにリーファ殿が王都に用事があるそうだから、護衛ついでに同行する形で向かおうと思う。あとは―――」

 ちらりと、シャルーア相手に嬉しそうに会話を弾ませているタッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人たちをうかがった。


「―――彼らの存在の認知、か……」

 グラヴァースが察し、納得を示した。


「ああ。正直彼らに関しては、どうなるかは未知数だな。何せ種の壁を越えて進化したと言われても、元がヨゥイだという事実は変わらない……そこに嫌悪感を示されたら最悪はお尋ね者に成り下がりかねないかもしれんが」

 アムトゥラミュクムこと、シャルーアを母と慕う者たちだ。王が悪いようにするとは思えないが、それでも今後のことを考えると、彼らのことは一度キチンと理解してもらい、認めてもらう必要があると、リュッグは判断。


 シャルーアにも彼らを王に引き合わせる話をつけ、そのことを今、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人は説明を聞いている最中、というわけだ。


「俺からも一筆記そう。このエル・ゲジャレーヴァの奪還に手を貸してくれた者たちだ。悪しざまに扱うなど、あの陛下がするとは思えないが、念のため持って行ってくれ。……どうせ、山ほど報告書を用意して送らないといけないしな」

 そう言ってグラヴァースは、これから待ち構えているであろう事務仕事の膨大さを想像し、苦笑した。


「助かるよ。……まぁ事が荒立たなかったら、ここの復興支援に手を回してやってくれって、一言いっておくさ」

 立場や状況は違えど、お互い苦労が尽きないなと言わんばかりにグラヴァースとリュッグは軽く笑いあった。




 それから数日後、リュッグはシャルーア、タッカ・ミミクルィゾン真似をする怪人の5人、そしてルイファーン一行を連れて、エル・ゲジャレーヴァの南門にいた。


「じゃあ、メサイヤ殿。すまないが後を頼んどくよ」

「ああ、問題ない。そちらこそ引き続きお嬢様を頼むぞ」

 リュッグは、メサイヤにエル・ゲジャレーヴァが安定するまでの間、力を貸してやって欲しいと頼んだ―――が、それは表向き。

 実際には2つ、それとは別にお願いをしていた。


 1つは今回のヒュクロら元囚人達の裏側にある危険―――魔物化を促したであろう存在への警戒だ。犯人は現場に戻るというが、魔物化の手引き者があらためてエル・ゲジャレーヴァに来る可能性もある。

 しかしグラヴァースら王国正規軍は小回りがきかない。

 なのでメサイヤら元ゴロツキだからこそのフットワークの軽さと、裏社会に隠れる相手をも嗅ぎ分ける鼻で、そういった怪しい連中に目を光らせてもらう。


 もう1つは、リュッグの故郷、ターリクィン皇国に関すること。

 以前からヴァヴロナの密使を仲介にして連絡役がくるのを、リュッグの代理人としてムーとナーに受けてもらっていた。

(※「第236話 友情の微香」参照)


 ここのところ、エル・ゲジャレーヴァの戦闘が続いていたのでさすがに連絡役は来なくなっていたが、戦闘が終結し、エル・ゲジャレーヴァの復興が始まれば、再び接触してくるのはほぼ間違いない。


 だが、その意図はまだ善と限ったものではない。しかもムーが出産したばかりだ。そこを付け込まれるような事になっても後々の面倒になりかねない。

 ムーとナーはそこまで脇の甘くない姉妹ではあるが、相手が国家という事を考えると……

 そこでメサイヤにも密使との接触の場に立ち会ってもらい、相手に鋭く注意をかたむけてもらいたいと、リュッグはお願いしていた。




「(……状況次第では、一度直接帰らないといけなくなるかもしれないな)」

 捨てた家名。しかしリュッグの荷物の中には、兄ジルヴァーグが送って来た金属プレートが破棄されることなく収められている。

 (※「第235話 遥か彼方の思惑達を解する」参照)


 いろいろと思うところはあるが、まずは目の前のことを一つ一つこなしていこうと意識を変え、エル・ゲジャレーヴァを後にした。



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