第396話 明るき喜びと裁定の陰




「ん。お疲れ」

「いえ、お疲れなのはムー様の方でしょう? なぜそのように平然となされてますの??」

 さすがのムーも、お産直後は多少なりとも疲弊ひへいしていたようだが、10分そこそこで通された室内では、相も変らぬ態度と表情で入室者を迎えた。


 ルイファーンは呆れたと言わんばかりだが、産後の姉の姿と態度などナーは慣れきってる。軽やかな足取りで姉のベッドの傍に歩み寄り、生まれたばかりの赤子の顔を覗き込んだ。




「あれ? お姉ちゃん、この子……」

「ん、気付いた、ナー? ……ぅん、たぶん、そう……分かって・・・・、る……。天才、……ぶい」

 なぜかムーが誇らしげに胸を張る。

 そこに丁度、女性陣にワンテンポ遅れて入室したグラヴァース。タイミングがあって、まるでグラヴァースに “ やったぜ ” と伝えるようなVサインとなった。


「あ、ああ……えと、その……あー……」

 何と答えるべきか分からないと言わんばかりに戸惑う彼に、ムーとナーの姉妹が顔を見合わせ、そして完全同調シンクロして呆れた。


「よりによってさー、ここでヘタレに戻るぅ~?」

「さす旦那、……ある意味期待、裏切ら、ない」

 ドッと笑いが起こる。

 グラヴァース一人赤面する室内は、まるでお産後とは思えない雰囲気だ。


 心なしか、生まれたばかりのはずの赤子も、ムーの隣で微かに笑ってるようにさえ見えた。








 ワイワイガヤガヤ……


 グラヴァースがエル・ゲジャレーヴァの奪還に成功した話は、避難していた住人達に伝わり、ほんの数日で瓦礫の都市には数千を数える人々が戻ってきていた。



「まだ瓦礫の山なのに、よく戻って来たもんですねー」

 ミュクルルは、モノ好きな人らもいるものだという風にのたまう。


「町の景観がどれほど変わり果てようとも、ここが彼らの故郷に変わりなし、という事だろう……しかし」

 メサイヤは群衆を眺めながら、少し複雑そうな表情を浮かべた。


「フェブラー達、捕虜連中がますます不要になっちまいやすね」

 アワバがその心中を察した。

 正直、メサイヤ達にとっては、彼ら自体がどうなろうが知った事ではない。だが罪人として処刑してしまえば、何のためにお嬢様シャルーアが彼らの魔物化を直したのか、無意味になってしまう。


「これほど一般市民が自発的に戻って来るとなれば、労働力は事足りる……いや、だからこそ、“ 元囚人 ” であり “ 捕虜 ” であり “ 一度は魔物に魂を売った ” として、忌諱される存在になる。……さて、グラヴァース殿はどう判断するか?」

 なんだかんだいっても、このエル・ゲジャレーヴァの長であり責任者はグラヴァースだ。捕虜の処遇を決断し、実行しなければならない。


「難しい判断ですよねー。一応は “ 捕虜 ” って “ 投降者 ” でもあるわけですし、処刑するっていう判断も、下し辛いし」

「しかも祝い事があったワケですからねぇ。マジでどーすんだか……アッシなら頭が爆発しちまいそうだ」

 もともとゴロツキな彼らだ。政治的あるいは人道的に難しい判断など日頃は無縁で、考えたところで正解など1つも浮かばない。

 だがメサイヤは、フッとほくそ笑む。


「取れる選択肢はいくつかある。それはグラヴァース殿も分かっているだろうな。だが、いずれもそう簡単な話で済むものでもない……さて」

 お手並み拝見といこうとばかりに、メサイヤは視線を群衆からグラヴァース達のいる部屋の方へと動かした。




  ・


  ・


  ・


「 “ 囚兵制度 ” ……とは何なのでしょうか、リュッグ様??」

 問いかけながら、シャルーアはコテンと首をかしげた。


「囚人などの罪人を、一時的に兵士として用いる法のことだ。ルーツは古代、奴隷を兵士にしていたところに由来するらしいが、次代と共に人道倫理の観点が変化し、罪を犯した者の償いの仕方の1つとして、無報酬労働の一種として用いられている制度だな」

 だが説明しながらもリュッグの表情には曇りがあった―――つまり、言葉ほど綺麗な話ではないということ。


「言葉を飾らずに述べさせていただきますと実態は、合法的な奴隷運用に等しい制度である、と言えます」

 アーシェーンがそう説明を足す。グラヴァース准将旗下の方面軍において、政務軍務双方で活躍する彼女がそう言うということは、つまりこの方面軍においてもその制度の実情はそう・・だという事だ。



「……まぁ、市井の方々への示しという事も考えますと、致し方ない処遇と言えますわ。相応に厳しい罰を含んだ裁定をしなければ、納得を得られないでしょうし」

 凶悪な極悪人たちが徒党を組んで監獄を脱出し、平和に暮らしていた人々の都市を破壊した―――むしろ殺してしまえと怨嗟の声が上がってもおかしくないほどの大罪を犯したのだ。

 ルイファーンも、可哀そうですけれども、と同情心をにじませつつも、グラヴァースの判断は最善と判断した。


 すると、それを聞いていたシャルーアが、少し空を見上げたかと思えば、不意に鞘から刀を抜き、その刀身で空の太陽を透かしてみようとするかのように構えた。


「? どうした、何を……、……っ?!」

 かざされた刃が、太陽の光に当てられてみるみる色を変えていく。


「(いや、違うか。金属に太陽光が当ったくらいでああはならない……。アレもおそらくは―――)」

 アムトゥラミュクムがシャルーアに学ばせたという、“ 力 ” の使い方の一端なのだろう。

 鈍色にびいろの刀身が黄色く強い輝きを宿したかと思うと、シャルーアはそれをそのまま鞘に収め直した。



「……フェブラーさん達のところへ行きます。アーシェーンさん、お願いできますか?」

「シャルーア様、その前に何をなさるおつもりなのか、お聞きしてもよろしいですか?」

 普通に考えて、今の話を聞き、かつ切れ味鋭い剣に何やら不思議の術を施したとなれば、あまり良い想像はできない。


 まさかシャルーアがいっそひと思いに……とは考えないだろうが、アーシェーンとしても妙なことをされても困る。


 するとシャルーアは、軽く微笑みながら口を開いた。


「彼らに、これから罪を乗り越えられるよう、 “ 気力 ” を入れて差し上げようかと思います」



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