第395話 終戦を待ち生まれたる子
シャルーアのアレは、やる事自体は至極簡単だ。
まず身を寄せて繋がり、魔物化の邪気を搾り上げつつ“ 魔なる者 ” の細胞を焼き滅ぼす。
攻撃的なものゆえ、当然それだけではただ死ぬだけだ。
しかし、シャルーアは口移しと授乳で生を繋ぐための正のエネルギーを与え続ける。
すると、全身を焼かれる地獄の苦痛が続く中にあって、偉大なる生命の温かさが広がっていくのだ。
もしも魔物化の深度が深い場合、後者の感覚が広がりきる前に命がもたず、死に至るが、逆にまだ浅い者であれば、命を失う前に地獄の苦痛がすべて生命の温かな感覚に塗り替わる。
―――ごく短時間における苛烈な命の削り取りと正しい細胞への
本来あるべき命の形へと “ 直す ” こと。それが、シャルーアが捕虜たちに施したアレであった。
「……残念ですが、全ての方をお直しする事は叶いませんでした」
フェブラー達をはじめとして捕虜の中でもまだ見込みがあると思われた約50名少々が、アレを受けた。
だが実際に生き残ったのは36名で、14名は命が持たなかった。
「落ち込む必要ないって、シャルちんのせいじゃないじゃん、ねぇ?」
ナーが同意を求めるようにミュクルルとルイファーンを見る。
「そうですよ、シャルーアさんは身体を張って頑張ったんですから」
「ええ、むしろ彼らはそのような機会を与えられた幸運に感謝すべきですわ、シャルーア様が落ち込まれる事はこれっぽっちもありません、むしろ全員すぐさま処刑されてもおかしくないような者達ですのよ」
3人寄ればかしましいとはよく言ったもので、女子3人がシャルーアの周囲できゃいきゃいとおしゃべりする様は、少し離れたところにいる男達には少々小うるさく感じてしまう。
「……本当に人間に戻せたのが驚いたな。まぁ完全とはいかなかったようだけど」
グラヴァースが興味深そうに語ると、メサイヤは組んでいた腕を解いてアゴを軽く撫で、考える仕草を取った。
「完全、とはいかず痕跡のようなものは残ったという事だが……アレらの扱いはどうするのが適切だと思う? 情報を取ろうにも手下連中は何も知らないのだろう?」
何せ元々は大監獄に収監されていた罪人―――世間一般の物差しでいえば凶悪犯罪者たちである。
いくら魔物化から人に戻ったとはいえ、その事実に変わりはなく、本来なら即刻極刑コースだ。
捕虜を生かす理由は細かくわければ様々あれど、大きくは事件事故の聴取や今後のためになる情報を吐かせるなどだが、ヒュクロは多くを手下には語っておらず、役立ちそうな話は皆無に近い。
情報源として有益でない以上、生かしておくことは無意味だ……皆まで言わずとも、メサイヤは暗に始末することを提案しているに等しかった。
「魔物化して戻ったという、ある意味で貴重な経験をしている人間、と言えるが……判断の難しいところになるな。アーシェーンさん、彼らに何か有益性を見出せそうな芽はありますか?」
リュッグもお手上げとばかりにパスを回す。
エル・ゲジャレーヴァの復興作業が待ち構えている以上、グラヴァース達としても抱える問題は少ない方がありがたく、その意味ではメサイヤの言う通り、処分してしまいたい気も強くなる。
だがアーシェーンは、盛り上がるその思考を一度抑え、自身を冷静にさせつつ考え直した。
「……シンプルに無償労働へとかり出す、といったところでしょうか。これからこのエル・ゲジャレーヴァは都市や宮殿の再建を始め、人手は多いに越した事はありませんので」
ただ一度でも用いたなら、その後の処遇も考えなければならない。働かせるだけ働かせた後にあらためて処刑なんてした場合、いくら元が凶悪犯罪者とはいえ世間的な風聞に響く。
処刑してしまう方向でいえば、即刻処分してしまうべきなのだ。
「しかし、ムー殿のお産が始まった今、血を流すのは憚った方がいいのではないか?」
ハヌラトムがそう言うと、メサイヤとアーシェーンもそこが悩むところだと言わんばかりに深く静かに、ゆっくりと小さく頷いた。
―――そう、ついにムーが出産態勢に入ったのだ。
まるで戦いが終えるのを待っていたかのように陣痛が始まり、それでもムーは慣れっこだと余裕を見せていたが、さすがにいつも通りの表情にも、脂汗が数滴添えられていた。
崩壊しきったエル・ゲジャレーヴァ宮殿の中、無事だった区画の小さな小部屋が急遽整えられ、そこにムーが運び込まれてから既に2時間弱。
一同はそれぞれに雑談を交わしながら、その時を待っていた。
……そして、さらに2時間近くが経過して
「!」
まず、シャルーアが何かに反応するように顔を上げ、ムーのいる部屋の中を見るかのように視線を向ける。
「……うん、きたね。おめでとうお姉ちゃん」
次いで姉妹の絆か、感じるモノがあったかのようにナーがシャルーア同様、部屋に視線を向け、そう呟いた。
そんな二人の反応に周囲が各々反応しかけたその時……
―― おんぎゃああ、おぎゃああっ、んぎゃぁああ ――
元気な産声が上がる。
グラヴァースは自分でも気づかないうちに涙を流し、その両肩をそれぞれリュッグとメサイヤが無言のまま、ポンと軽く叩いた。
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