第392話 流れの外側で色香の少女は気ままに生きる



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「―――ってなもんで、その狙った場所で迎撃されておっんだらしいっスよ、ヒュクロとかゆー奴も」

 オーヴュルメスはやれやれですねーと、両手平を天に向けて肩をすくめた。


「ふむ、……どうやられたのかは分からんのだな?」

「それはさすがに無理っスよー。ウチは北の軍にかこわれてましたし、詳しく聞こうとして怪しまれたらヤバいっスからねぇ」

 オーヴュルメスの優れているところは、このあたりのバランス感覚だ。

 いくら重大な情報を獲得してもゼロと同じだ、持ち帰れなかったら意味がない。かといって、あまりにも安全重視にかたより過ぎれば、得られるモノには価値がない。


 彼女は常に、そのバランスを絶妙に取り、必ず及第点な情報を持ち帰ってくるという事もあって、人間でありながら上の方・・・も高く評価している。


「(状況把握程度で役に立つだけだろうと思っていたが、なるほど……)」

 灰色のローブ・・・・・・の彼は使いでしかない。より上位の者への連絡係だ。

 しかしそれでも、あらゆる面で人間を超越した能力を有している。


 そんな彼が改めて目を通す手紙は、オーヴュルメスが今回得た情報をまとめた書面―――おそらく自分ではまずここまでは得られないだろう情報量は、ただの人間の女にしてはやるではないか、と思えるだけの価値があった。






―――そして、翌朝……


「ふぁーぁ……おはよっス、バイ君。“ 旦那 ” はもうったっスか?」

『ブルルッ』

 砂漠の真ん中に張ったテントからのそりと起きてくるオーヴュルメス。テントの影に潜んでいたバイコーンがその声に呼応するように姿を現し、彼女の一糸まとわぬ身体を舐め回しはじめた。


「あはは、ありがとっス。まー、いつもの事ながら、“ 旦那 ” たちはウチの色香にけっこー弱いっスよねー」

 それとも下っ端・・・だからなのか、だいたい情報の連絡役で接触してくる “ 旦那 ” は、ほぼ必ずといっていいほど、情報を受け取った後に彼女と一夜を共にする。

 彼ら・・にも人並みの性欲があり、それを刺激できるだけのモノを自分がもっているというのは、か弱いただの人間としては嬉しく思える長所と言えた。


「朝の空気が気持ちいいっスねー、バイ君のおかげで綺麗にもなるし、たまらないっス」

 砂漠の朝はまだ冷えるが、バイコーンの魔力が包んでくれているおかげか、全裸でも涼しいと思える程度まで彼女の周りの気温は緩和されている。

 そして舐められた傍から換装した空気が水分を拭ってくれるので、シャワーとまではいかなくとも、なかなかどうして悪くないサッパリとした解放感で朝焼けの空を見上げられる―――オーヴュルメスは、この瞬間が大好きだった。


『ブフー……』

「次の仕事っスか? 何も言ってこなかったんで、しばらくはフリーっスねぇ」

 テントの中には、今回の報酬の金が入った袋がズシッと置かれている。

 慎ましやかに暮らせば、数年は生きていけるほど余裕ある金額だが、次にいつ仕事を持ってくるか分からないので、豪遊するわけにもいかない。


 なのでオーヴュルメスは考える――― “ 彼ら ” からの依頼がない時はいつもそうだ。

 自由度の高い金稼ぎの手段を考え、それに従事しながら次の指示を待つ。


 相棒のバイコーンがいるおかげで、世の中に怖いモノはない。後ろ暗い世界で荒稼ぎする事もできる……が、それはそれで、自分の名と顔が広まってしまうのは、情報収集役としては完全にアウトなことだ。



「……んー、荷物運びでもするっスかねぇ。バイ君も手伝ってくれるっスか?」

『フルルッ……』

「荷駄馬の真似事は嫌っスかー、ですよねー。まぁとりあえずはどこかの町に移動っスかねー。色々と補充もしたいっスし、バイ君も久々になんか美味しいモノ食べたいっスよねぇ?」

『(ブンブンブン)』

「あはは、そんなに思いっきり頭振らなくてもいいっスよー。んじゃ決まりっスね、朝食たべて片付けたらウチらも出発っス」

 悠々自適。

 ただ1頭の魔馬を相棒に、少女は悠々と生きる。


 世の中のことなど関係ないとばかりに、まるで彼女の周りだけが世界から切り取られているかのような朝のひと時。


 その生を縛るものは何もない―――強いて言えば “ 彼ら ” との関係上、その命令に従わなければならない事だが、逆にいえばそれだけだ。




 オーヴュルメスにとって、仮に “ 人間 ” が滅ぼうが “ 彼ら ” が滅ぼうがどうでもよかった。


 ただ純粋に、“ 今 ” を生き続けること。


 それだけが彼女の目的であり、だからこそ、あらゆるしがらみに捕らわれることのない、真なる自由の強みを持っている。


 シャルーア同様、何者にその身を穢されようとも動じず、何者がおびやかしてこようとも流れに乗れる。


 あるいは死の運命をも平然と受け入れられるかもしれない彼女の胸元の中心で、円形の淡いアザが朝日に照らされ、白肌の中で眩しそうに己の黒色の度を強めた。



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